【専門家の研究解説】南海トラフ地震、「震度が想定より低い」可能性とは? “最悪への備え”が揺るがない理由
【はじめに:この記事をお読みいただく上での極めて重要な注意点】
本記事は、南海トラフ巨大地震に関する一つの科学的な研究を紹介するものですが、決して地震への備えを不要とするものでは、断じてありません。
むしろ、様々な科学的可能性を知った上で、なぜ私たちが**「最大クラスの被害想定」**に基づいた備えを続けるべきなのか、その理由を深くご理解いただくことを目的としています。防災の基本は、常に「最悪の事態」を想定することです。そのことを念頭に、冷静な情報としてお読みください。
テレビや新聞で繰り返し報道される「南海トラフ巨大地震」。政府の公式な被害想定では、マグニチュード9クラス、最大震度7という、未曾有の揺れと津波が予測されており、多くの方が強い不安を感じていることと思います。
しかし近年、一部の専門家の研究によって、「想定されている最大震度よりも、揺れが限定的になる可能性がある」という見方が示され、注目を集めています。
今回は、その研究内容を分かりやすく解説するとともに、その情報と私たちはどう向き合うべきか、そして、私たちの防災行動は変わるのか、という最も重要な点について考えていきます。
そもそも、なぜ「最大震度7」が想定されているのか?
まず、私たちが防災の基本としている国の被害想定は、歴史上の古文書の記録などから、数百年から千年に一度、あるいはそれ以上の極めて低い頻度で発生しうる「最大クラス」の地震をモデルにしています。
「ここまで備えておけば、これ以下のどんなパターンの地震が来ても対応できる」という、防災の観点から最も安全側に立ったシナリオです。決して大げさなわけではなく、「想定外でした」を繰り返さないための、極めて重要な想定なのです。
###【最新研究】「震度が低い」可能性のキーワードは“ゆっくりすべり”
では、「震度が想定より低い」可能性とは、どのような研究なのでしょうか。 そのキーワードは、**「ゆっくりすべり(スロースリップ)」**です。
地震は、プレートと呼ばれる岩盤が沈み込む「プレート境界」で発生します。このプレート境界は、一枚岩のように同じ性質ではありません。
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固着域(アスペリティ) 普段はガチガチに固まっていて動かない領域。ここに歪みがどんどん蓄積し、限界に達した時に一気に破壊されて、巨大な揺れ(地震)を引き起こします。
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非地震性すべり域(スロースリップ域) 一方で、普段から地震を起こさずに、まるで潤滑油が塗られているかのように、ゆっくりとズルズル滑っている領域。ここでは大きな歪みは溜まりません。
地震の規模や揺れの強さは、「固着域」がどれだけ広く、どれだけ一気に破壊されるかにかかっています。
最新の研究では、GPSなどの精密な観測によって、この**「ゆっくりすべり」の領域が、従来の想定よりも広いのではないか**、という可能性が指摘されています。
もし、この研究の通り「ゆっくりすべり」の領域が広いのであれば、揺れの源となる「固着域」の面積は、その分狭くなります。その結果、地震が発生した際のエネルギーや、私たちが体感する震度が、国の想定する最大クラスよりも低くなる可能性がある、というわけです。
(図の出典:JAMSTEC 海洋研究開発機構 ※イメージ)
【最重要】では、私たちは安心できるのか? 答えは断じて「NO」です
「揺れが小さくなる可能性があるなら、少し安心だ」 そう思われた方もいるかもしれませんが、その考えは極めて危険です。私たちが備えを緩めてはいけない理由は、明確に3つあります。
理由1:研究はまだ「可能性」の段階である
この「ゆっくりすべり」に関する研究は、地震のメカニズム解明における非常に重要な一歩ですが、まだ数ある研究の一つであり、学術的に見解が完全に確定したわけではありません。今後の観測や研究によって、この見方が変わる可能性も十分にあります。
理由2:「想定より低い」だけで、巨大地震であることに変わりはない
これが最も重要なポイントです。 仮に、最大震度7の可能性が低くなり、最大震度6強になったとしましょう。それで、被害は小さくなるでしょうか?
答えはNOです。震度6強でも、住宅は倒壊し、大規模な土砂災害やインフラの寸断が発生する、極めて甚大な被害をもたらす揺れです。また、津波のリスクがなくなるわけでもありません。「震度が低い」という言葉のイメージに騙され、巨大地震のリスクそのものを見誤っては絶対にいけません。
理由3:「防災」とは、常に最悪を想定して行うもの
天気予報で「降水確率30%」と言われたら、念のため傘を持っていく人は多いでしょう。防災は、それとは比較にならないほど、人の命に直結します。
希望的観測で備えを緩めるのは、最も危険な行為です。「想定より揺れが小さくて、備えが無駄になって良かったね」で済むのが一番良いのです。「ここまで備えておけば大丈夫」という最大級の安心を得るためにも、私たちは国の示す最大クラスの想定に基づいて備える必要があります。
まとめ:正しい知識で、変わらぬ備えを
科学技術の進歩により、私たちが住むこの日本列島で、何が起きようとしているのかが少しずつ明らかになってきました。様々な可能性を知り、地震について正しく理解することは、パニックにならず冷静に行動するために非常に重要です。
しかし、それによって、私たちの「命を守る行動」の根本が変わるわけではありません。
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「最大クラスの地震は、明日来るかもしれない」 その意識を常に持ち、基本的な備えを、どうか今一度、ご家庭で見直してみてください。科学の進歩に関心を持つことと、日々の地道な備えを続けること。その両輪が、未来の私たちを救う力になります。