あれをこわいと想うことがある。
あれ。
ビルの中にある、規則正しくうごめく黒いかたまり。
昇り降りの移動に便利なものだけれど、
あれに乗るのが、苦手。
あのかすかな振動が厄介なもの。
振動で重心がわずかに前後するのもいやな感じ。
昇りも降りも、なんとなく下に引っ張られる気がする。
昇りは、しかし、前に体重をかければさほど不安はないのだけれど、
降りは、後ろに体重をかけても滑り落ちそうでさらにこわい。
そんな気持ちを紛らすように、手すりを強くつかんでいる。
けれど、単にあれに乗ると必ず恐怖するというものでもない。
デパートにあるような短いものならば平気だし、
何か考え事をしていたりすれば、長いものでも乗れる。
下を向いていれば、ただの階段と錯覚できる。
ただ、あれに乗る、と意識してしまうとダメである。
手すりをつかんで深呼吸をしながらあれの終わりを待つしかない。
だから、なるべく階段を使うことにしている。
周りの人には、健康のために、と言うけれど、
実のところ、なるべくならあれに乗りたくないのだ。
特に、ビルの2階分以上ある長いものが苦手。
中でも、東京駅の、中央線のホームへ続くやつ。
昇り2/3くらいのところで後ろを振り返ろうものなら大変。
ガオンガオンと黒いかたまりがうねりとともにやってくる。
さあ、飲み込むぞ、といわんばかりに。
気が抜けない。
あのうねりに飲み込まれてたまるものか。
手すりをつかむ手に力がはいる――
そんなわけで、
エスカレーターに乗るのが、ときどきこわい。