こんにちは
私は以前過去記事で
哲学とは自分を励ます為に使うと書きました、もちろんついでに誰かの為になれば良い事だとも思っています。
今回は「疲れについて」考察しました、なぜならそれは私自身が今大学生活も始まりまさに疲れているからです。そしてその前に一言だけ言わせて欲しい事があります。
この記事を読んでくれている方のなかで疲れていらっしゃる方へ、
お疲れ様です
さてでは本題に入ります、人間は活動すると疲れます、よくご存知の事でしょう
そして私は良く考えてしまう性格のせいか、あるいは疲れやすい体質なのか
とかく疲労しやすいタイプの人間だと思います。
そんな人生で様々な種類の疲労を経験したと思います
ここで苦労話をしようという訳ではありません、とにかく疲れてどん底まで沈んでいくような疲れもありましたが。
ここでは疲れながらもどこか心地いい、言うなればランナーズハイのような疲れに着目します。
例えば以前私はなぜかふと「どの位歩けるのだろう」と思いひたすら歩けるだけ歩いた事があります
たしか40km位だったと思います、歩行上級者なら100位行けるかもしれませんがその時の私には限界でした、音楽を聴きながらひたすら歩き、歩くために歩き、歩ける事に感謝し、頃合いの時にはただ帰って休めれさえすれば後の事はどうでもいい、それこそが真の幸せだと思うようになり
何を得た訳でもないのに大きな幸福感を感じた事を覚えています
けれども日常のストレスからでの疲労では、何でこんな思いをしなくてはならないんだ
やってらんねー、かったるい、と思ってしまう事が多いです
そこでそんな時は以前体験した心地良い疲れのように感じるようにすれば前向きになれると思いました。
人生を大局的にみれば、生きているからこそ疲れる事ができる
死んでしまっては疲れる事もできない、いつか必ず来る癒しを確信し
歩く為に歩いたように、疲れるために疲れているのだと考えればいい
何も得る事が出来ないかもしれない、けれどもそれはもしかしたら運良くいい事があるかもしれないという事でもあります
骨折り損のくたびれもうけと嘆きたくなるような疲れでも
悲観的にならずその美しさに気がつけば、もう少し頑張ろうと思えるかもしれません
ここで一句
月照らす、疲れた背中に光指し
春風揺れるタンポポに
肩を並べる風情あり
では