ゆとり有る都市計画を
先日、都市計画について書きましたがその続編です。
我が町、長岡京市が50年ほどで人口が10倍に増えた。 そしてあわてて都市計画もろくにせず、あぜ道を利用して住宅を次々に建てた。
そのため 道は細く、曲りくねっていて、景観をどうのこうのと言える様な状態ではないのに この7月1日から景観条令が施行されました。
そして建物の外壁、屋根の色を決める際、奇抜な色を使わない様に規制されることになった。
20年前ぐらいに景観条例が出来ておればもう少し奇麗な街筋が出来ていただろうに?![]()
長岡京市発行の広報誌を見ていたら、長岡京の歴史が載っていたので皆さまに紹介いたします。
長岡京は奈良の平城京から784年に移ってきた都で、桓武天皇が藤原種継に命じて造営しました。
都の中央を南北に幅50mの朱雀大路が通り、幅24mの大路と幅9mの小路で碁盤の目の様に整備され、 道路に囲まれた部分は宅地として使われた。
ちなみに長岡京市の人口が増え始めた50年前には 幅4mの道が有れば家は建てられました。
現在は6mが主です。
藤原種継さんの様な都市計画の達人が今居たら1225年前と同様に今でも、幅4mや6mの狭い道は無く、最小でも幅9mの道でゆったりした街で有ったことでしょうねエ