現代より進んでいた平安時代の救護施設
先日京都市内を歩いていた時、河原町御池の西南角で興味ある立札を見ました。
それには“悲田院遺址”とあり、『平安京(1200年前)に右京左京の二か所に身寄りのない貧窮の病人や孤老を収容する救護施設の悲田院が官営で置かれ、都中の病者・孤児などを収容した』 と書いてありました。
その後調べた書物には、それより以前の1300年前、聖徳太子が四天王寺に悲田を開いたとありました。
私はこれを読んでとても感動いたしました。
1300年前に世界の中で、一国の国王がこの様な施設を作ったと言う事を聞いたことが有りません。 この時代のキリスト教会ではこの様に貧者を助けていたでしょうか?
“悲田院”は世界に誇れることです。
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千三百年も前から貧者を助けると言う考えが政治を司る(つかさどる)人には有ったのです。 ところが今では治療中であっても金が無くなれば病院から出されます。
病院経営は治療費を貰って経営が成り立っているからこれは仕方がない事かもしれません。。。。
そこで政府の皆様に一言。 全国にあるかんぽの宿をたった100億そこそこで売らず、かんぽの宿を現代の悲田院にするとマニフエストに書いたらいかがですか。
その資金は天下りを少し減らすだけで、一千億円ほどはすぐ浮きます。
かんぽの宿20か所に年間50億円ずつ掛けたら約1万人ぐらいの雇用が可能で、一石四鳥(貧しい病人が助かる、かんぽの宿を売却しなくてよい、雇用創出できる、天下りを減らせる)です
これだけで選挙に勝てますヨ。
自民でも民主でも。。。。![]()