妄想批評 ~広告・映画・デザイン・経済の妄想記録~ -2ページ目

電卓、ほしい

仕事でたまに電卓を使います。
もう、入社から使った電卓がボロボロになったので、新しいやつがほしいなぁと思っていたんですが、なかなかいいのがなくて、購入に至らずもう1年くらいたってしまいました。
なんか、最近のやつ(というか最近の若者がもってるやつ)って、デザインはシュッとしていて、ある意味かっこいいっちゃかっこいいんだけど、なんか電卓の機能ぽっさがそぎ落とされてて、逆に電卓としては魅力的ではない感じがして。。。
これとか。

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これとか

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で、この前、ネットサーフィンしてたら、見つけたんです。
求めているデザインを。
まぁ、有名みたいなんですが、このBRAUN「Control solar ETS77」です。

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キーの色が多色で、電卓ならではの機能っぽさを演出してる思うんですよ。
これをみて思ったんですが、このキーの色が多色なのが電卓を電卓たらしめている特徴なんじゃないかなぁと。
でも、コレ買おうと思ったら、既に生産終了。
中古でも現状、あんまり出回ってないみたいです。。。

気になった広告 『カロリーメイト とどけ、熱量編』




最初、このCMを観たときは、『あ、ひかり様が出てる~。ファイト歌ってる~。キャスティングいいなぁ、受験生応援CMだぁ』というような印象くらいだったんですが、たまたまグラフィック広告の方を見る機会があって、この「とどけ、熱量。」ってコピーに目が留まったんです。


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いいコピーだなぁ。
CMにも、ちゃんと使われてるんですが、満島ひかりとファイトに目がいってしまって、覚えてなかったんです。
でも、もう一度、CMみたら、ちゃんと押さえで言ってた。
このコピーがCMの全体を引きしめてて、CMがすごくよく見えたんです。

とどけ、熱量。

このコピーって機能的でもあり、情緒的でもあって、多分、そういうところに魅かれているんだと思います。
熱量(=カロリー)を効率よく摂取できるのが、カロリーメイトの機能だし、でも、その『熱量』に『とどけ、』ってつけるだけで、『熱量』っていう無機質なワードがいっきに情緒的になるんだよなぁ。エール的な。
もちろん、『ファイト』の演出があってのことなんでしょうけど。
最近、見たコピーで、一番好きなコピーです。

気になった広告 『東京ガス エネファーム』

上限45万円の補助金つき。
これ、ほんとは一面記事にしてほしいくらいです。


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今日の日経新聞のテレビ欄に出ていた東京ガスのエネファームの広告です。
エネファームは、家庭用燃料電池で、ガスから発電して、その発電の時にでる熱で風呂を沸かせるみたいです。
いわゆるエコ製品なので、補助金がついたみたいですね。
新聞ならではの表現ということで、ちょっと気になりました。

気になった広告 『ヘーベルハウス 反力編』

ヘーベルハウス 反力編
(左上に動画リンクがあります)


高さ10メートルに及ぶコンクリート。
ヘーベルハウスはこの壁を使って、
過去の地震をはるかに超える力で壊れるまで実験。
住む人を最後まで守る構造を研究しています。
考え過ぎでしょうか。
でも、ほどほどの安心なんてありませんから。
考えよう。答はある。ヘーベルハウス



このCMを観たとき、映像・音楽・ナレーションの演出が技術系の会社のCMらしく硬派なイメージで、すごくいいなぁと思いました。
(ナレーションは、細野晴臣らしいです。いい声。)
あと、コピーの「考え過ぎでしょうか。でも、ほどほどの安心なんてありませんから。」も好きです。
でも、なんかネット上で「そもそもこの世には‘ほどほどの安心’しかなくて、‘絶対の安心’なんてないんだよ。技術系の会社がそんなこと言うな!」というような意見があるみたいです。
それはそれで正しいと思います。
絶対の安全なんてありませんから。
けど、いいじゃんって思います。
CMなんだから、夢を、目標を、語ろうよって思います。
ほどほどの安心ではなく、限りなく絶対の安心を目指して、ストイックに開発に励むへーベルハウスの姿勢が伝わってきて、自分は好きです。

15年前は、素通りした言葉

先日、久しぶりに尾崎豊を聴きました。
尾崎は、中学生の時、好きですごくハマりました。
尾崎が歌う反抗心や自由への憧れにほざされて、毎日家で聴いてました。
別に、ガラス割ったり、バイク盗んだりはしなかったですが、何か反抗期の自分にとっては共感できる歌詞というか、尾崎自体が自由とか反抗のアイコンだったわけです。

けどですね、先日、「卒業」とか「15の夜」を久しぶりに聴いて、なんで俺こんな歌に共感してたんだって感じになったんです。
「I LOVE YOU」とか「OH MY LITTLE GIRL」とか「FORGET-ME-NOT」とかは、今でもいい歌だなぁとは思うんですよ。
ただ、なぜか青春反抗系の歌には違和感を覚えるんです。
それは大人になって子供ながらのそーいう反抗心みたいなものに共感できなくなっただけというわけでもなさそうなんです。
まぁ、その理由は、まだ、よくわからないんですが、「心境」とか「環境」というよりは「性格」のように根本的なものの変化の影響の様な気がします。

ちなみに、この前、いろいろ尾崎を聴きなおして、一番刺さったのは、この曲です。
中学時代は全然、刺さらなかったんですけどね。。。




「鉄を食え、飢えた狼よ。死んでも豚には、食いつくな。」

すげーいいと思うんですよね、この言葉。
なんか、やってやろーじゃん!て気になります。
気だけなんですけどね。
15年前は素通りした言葉です。