番外編
もし、Kittyちゃんが普通のおっさんだったら・・・![]()
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今頃、映画「ヴェニスに死す」を鑑賞する!
イタリア/フランス 1971年
掛け値なしに美しい映画だ。T・マンの原作ではギリシア神にも喩えられる少年タジオが現実にもいたせいだ。そのB・アンドレセンの美少年には主人公ならずとも、ヘテロの男性をも“その気”にさせる妖しさがあり、彼に出会えたことを“奇跡”と呼んだヴィスコンティの驚喜はよく分かる。彼とそして、全篇に流れる感傷的なマーラーの五番の第四楽章のお蔭で、この作品は耽美の極みに観る者を浸らせる。理想の美を少年に見出した作曲家アッセンバッハは、浜に続く回廊を少年を求めてさまよう。疫病に罹ってもなお、化粧をその顔に施させ、ヴェニスの町を徘徊し、やがて疲れた体を海辺のデッキチェアに横たえる。波光がきらめく。満足の笑みを浮かべつつ涙し、化粧は醜く落ちていく……。痛切な幕切れは同時にひたすら甘美だ。
<allcinema>
淀川長治さんは、この映画のことなら、一晩中でも語り明かせる
と豪語しておりましたが、私は同性愛の気は全くありませんが、とても納得できる作品でした。マーラーの音楽もよし。
ヴィスコンティの映画って、判りやすいですよね。「ゲージツ的」な映画は難解だと敬遠しておりました私ですが、これなら判る。
(フェリーニは、私には難しい。)
トーマス・マンの原作は若い頃に読みましたが、ディテールは忘れた。で、読み返したくなりました。![]()
キリスト教文化圏では、同性愛はことのほか嫌悪される。だからこそ成り立つ映画。同性愛がバレると社会的に抹殺される。この映画では「死」=「同性愛」=「コレラ」という図式になっている。でも、死に値するからこそ、甘美な欲望というものがあるんです^^
よく言われるように、同性愛者は母親との結びつきが強い。いい歳をして、お母さんとお風呂に入ったりする人もいるらしい。母親以外の異性を愛せない。この映画も、その文法に則っているように思えました。(←解釈、間違っていたら、教えてください。)
それにしても、映画でこういう扱い方をされたB・アンドレセンは、生きるのがしんどかっただろうなと同情します。この映画によって語られるように、「美は努力によっては生まれない。」から。(後日、「世界で一番美しい少年」(2021年)を鑑賞予定。)
元美少年
であった私(笑)も老境を迎えて、この映画に痛いほど共感しました。
老いはひたすら醜いのであります。
三島由紀夫が生きていて、この映画を観たら、どう思ったのだろうか?![]()
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