「説得力」なんだろうな。人が受け入れる根本は

説得力があるから納得感が得られる

オファーする側はそれを踏まえた上で白羽の矢を立てている

超会議、アイマス、太鼓の達人、AI合奏

いずれも長い時間情熱を費やしコア度を高めてきた場でありコンテンツ

10年間。それをピアノで表現してきた。その重み、その功績が知られているからこそ、「説得力」を持たせることができる

 

新しいことをやっていく。単発企画でも長期取り組みでも

そういった方向性が彼のキャリア、実力、スタイルともに合致するのだろう

不特定な一般に向けたイベントではなくいわゆるコアな業界での企業案件が多い

これも彼ならではの特徴の一つ

「説得力」「知名度」「実力」という要素を考えると、おのずと彼しかいない。

必然性からして唯一無二。そういったポジションに昇りつめたともいえる

 

オファーについて、コンサートの依頼はたくさん来ると言っていたが、だいぶ断っている。と推測する

それより今回のような自身の興味と合致する企業案件を選んでいるのだろう

こういった”チャンス”を逃さない。コンサートを入れない理由もそこにあるのかもしれない

 

この先の将来に向けての布石

「今」何をやるべきか、何が最善か、目先ではなく数年、10年先の展望

趣味と実益とをどこまで合わせ、高められるか

 

 

 

 

「全国コンサートツアー」

今、ネットピアニストのトレンドはこれ

演奏家としてはそこを目標にするのはごく当たり前のことなんだろう

 

ひと昔だったら「全国ツアー」というのは極一部の選ばれしものの特権だった

有名なコンクールで優勝する、TV露出で有名になる、そんな”奇跡”が必要だった。それが今では必須要件ではなくなっている。

ビジネスではなく純粋に演奏家の願いをかなえられる世の中

自分で「全国ツアー」を企画し、自分でプロモートし開催する。

ネットがなければ実現しなかったであろう。

まさにドリームカムズツゥルー

 

えぇ時代やー

 

、、、と言いたいところだけど、実際のところはそれほど甘くはない

withコロナ当初のコンサート再開時とは違って、チケットが瞬時に完売というのはなくなっている

「全国」と言っても、実際会場に足を運べる人というのはやはり限られた人であることは変わりない。いくら全国にリスナーがいるとしても、堅いのは全国どこでも駆けつけるコアなファンに支えられているのが実態なんだろう。

 

クラッシックと違って長い間かけて培ってきた硬い岩盤があるわけではない。ネットピアノは文化としても黎明期。そんな中で、クラッシック同様の「全国コンサート」、当然リスクもある。

需要と供給のバランスの読み。供給過多だと逆に無理してでも行こうという気にならず、コアファン以外の客の足が伸びない。そうすると結果として”固定客”に占有された「全国ツアー」というのはどこまで開催趣旨とあっているのかよくわからなくなる。

 

昨日TLに流れてきたとあるコンサートの様子、最近は撮影OKの時間があってネットへのアップも許可というスタイルが流行っているのか、今までクローズドだったコンサートの様子が垣間見れるようになった。

戻って、昨日のTLでの動画を見る限り会場はガラガラだった。需要を見誤るとこういう惨事が起こる。興行的に見た時にはね。

こういった個人事業に関しては組織的なバックアップ、知見がないので、これが現実なんだろうなと思う。

毎日のように宣伝が流れてきてチケット販売中を謳う。半年も前からの宣伝。情宣的には十分なんだと思われるが、そううまくはいかない。

 

「全国ツアー」がコアなファンに支えられているのは事実だろうから、そこはありがたくカウントして残りをどう見積もるか。リスナーの伸びと半年の宣伝効果、ここの読みだよなぁ。

彼らが収益を目的にしていない、ファンへの還元?、赤字でも構わないもしくは「全国ツアー」をやったという実績(事実)を得たいだけなら特に気にすることはないのかもしれないが。時間とコスト、労力をかけて成し遂げる意義は何か。

 

赤字OKはそれ以外での補填があってこそなので、そこの事情次第で来年以降も継続されるかどうか、規模や頻度をどう設定するのか。

「全国ツアー」や「コンサート」に関しては今後も界隈の状況を観察していきたい

 

 

 

 

彼について

「ピアノコンテンツ」のエンタメ化をどう進めていくか、そこに最大の関心があるのは確か。「配信ビジネス」、そう彼の場合あくまで「ビジネス」が軸としてある。

アーティストである前にプロの演奏系配信者、ビジネスマンであること。冷静に世の中を見て判断している。

 

彼が他の演奏家のように「コンサート」を目的としないのは、1度やったというのもあるかもしれないが、彼のビジネススタイルとして「おいしくない」から。

多くとも同時に数千人の人にしか提供できないことに対し魅力を感じない。生の反応を直接得られるという演奏家としての至福より、そこにいない200万というリスナーを取りたい。コンサートが登録者が増やすことに寄与するのであれば開催する可能性はゼロではないが、効率は悪い。

 

とはいえそういった採算除外として、東京ドームや武道館でのライブというのは一大イベントとして狙っていくのだろうが。

 

 

 

今、彼はコンサートよりは企業案件、独自のYoutube企画を重視し、登録者、視聴回数を増やすことをターゲットにしている。

すべては、配信者として生き残りをかけ活動を続けるための施策。

 

真面目な話。ファンとして、一番恐れているのは彼が表舞台から消えること。

ずいぶん前の記事にも書いたが、この微小な可能性は常に心の片隅にい続ける。それを直視する覚悟も必要であることもわかっている。それでも、一ファンとしてはその可能性を極々最小化したい、一日でも長く活動を続けて欲しい。願いはそれだけ。

ゆえに彼が「そのため」に行っているすべての活動、発信は常に是として受け入れる。

 

長期戦では浮き沈みが定期的に訪れる。ストレスフルな日々。

どんな時も静観。うれしい時には心の中で喜ぶ。応援する気持ちを表立って発信することが真の応援ではないならば、そしてそれが彼の配信者寿命にかかわるのであれば、選択の余地はない。彼がビックになればなるほど我慢を強いられる。応援する、寄り添うとはそういうこと。ファンにも彼の大きさに応じた精神力と覚悟が求められる。

 

懐古は意味がない。変化は止められないし、決して”あの頃”には戻らない。

”あの頃”ではなく”今”そして”これから”を受け入れる。未来、なんの確約もない全くの未知。不安は常に付きまとう。

そのすべてを冷静に受け止める。覚悟を持つということはそういうこと。

覚悟は決して重荷だけではない。心の底から感じる純粋な嬉しさ、喜び、楽しみ、それは覚悟を決めた迷い無き者だけが得られる特権

 

と自分は思う