無題 | lysdor

 

 

 

1)無邪気な人だった。

 

都心の雑踏からも程近く、線路脇にある小さなライブハウスで出会い、

その人は夜のライブに出演していた。

 

私はただただそのライブハウスのスタッフと仲が良く、バイト終わりに一杯飲むために立ち寄っただけだった。

打ち上げでスタッフ伝いで何の気なしに紹介された彼は、当時の自身の知名度や立場に反してとてもキュートで、フラットな人だった。

 

終電が近くなり、私は会場を出た。

 

すると打ち上げの席を一人すり抜け、線路沿いの歩道に酒瓶を片手に座り込んだ彼がいた。

夜風に当たって酒を飲んでいるのか、飲まれた結果、良くない状態なのかも私は図りかねながら、若気とわずかなミーハー心も抱えながら声を掛けると彼はやはりフラットで、

「心配してくれるなんて優しいね!」「すごい優しいよ!」と大げさに言った。

楽しく、嬉しそうで、やはりキュートに見えた。

そこで終電を気にしながらも、横に座ってわずかに雑談をした。キュートだったので、ただただ会話をしてみたくなった。

 

「PUNPEEの"夜を使い果たして"が最高」という話を彼がしたことだけを覚えていて、当時はヒップホップを聴かなかったので(ふーん)と思っていたが、今となっては事実、最高だった。

 

「終電が」と立ち上がると一応は彼は惜しんでくれた。

連絡先を交換して、私は駆け足で終電に乗った。

何度もLINEのプロフィールを見た。嬉しかった。

 

後日、彼からの連絡が来た。「飲まないか」というよくある話で、よくある飲みをして、よくある誘われ方をして、処女だった自分は割と彼のキュートさだけでホテルに行った。てか割と行けた。

 

行為後に血のついたシーツを見て「すごい!ジャケ写にしていい?」と言った。

当時は笑いながら断ったけれども、今思うとなんかキュートだしキャッチーなのでぜひともジャケ写にしてほしい。

 

その後余韻もクソもなくチェックアウトし(速さも相まって)終電で帰った。

 

翌朝自宅で何の気なしに観ていたテレビで、彼(と彼のバンドメンバー達)が視聴者に向けてじゃんけんをしていて、私はちゃんと負けた。それ以降、夏フェスのバックヤードで邂逅することもあったが、それ以上の何かはない。

 

 

2)髪の長い人だった。

 

バンドマンで、友達的に仲良くしながら無邪気に(今思えば結果的にそれは邪気でしかないけれど)推していたらいつからか異性として好意を抱かれ、行為をして、告白されて、付き合うことは断った。

 

舌に穴が空いている人とキスする感覚を知って、

長い髪が行為中の興奮材料になることを身を以て知り、私も髪を伸ばそうと決心した。

 

 

3)情に厚い人だった。

 

年の離れた年上のバンドマンで、出身が近かったこともあり可愛がってもらった。飲みに行って「これがうまいんだ」という酒を教わったり、「これがいいんだ」という音を教わったりした。そうして度々会ううちにいつからか異性として好意を抱かれ、経堂の彼の家で迫られ、行為はせず、家を出た。

それが夜中だったので経堂駅前のマクドナルドで朝まで地獄のような時間を潰した。

薄暗く、不穏な空間だった。経堂駅前のマクドナルドにはもう二度と行かないと決めた。

 

 

4)トリッキーな人だった。

 

バンドマン。酒に酔って生理3日目くらいなのに京王線沿線の汚いラブホテルで行為をした。

我に返ると時すでに遅し、ベッドが真っ赤で、自分にも相手にも引いた。本当にすみませんでした。

 

 

5)クソみたいな人だった。

 

バ、行為。クソだったなあ。

巷で「バンドマン」と広く知られ言及されているイメージに近いクソさだった。

 

 

6)見目麗しい人だった。

 

年上のカメラマンだった。その人自身がむしろモデルのような頭身とビジュアルで、今思い返しても、見返しても、記憶と違わず美しい人だった。

 

バンドのスタッフをしている時に出会った人で、基本的に何を考えているか分からないようなミステリアスさがあり掴めなかったが度々会い、ある程度仲良くなった。

 

ただずっと内心は掴めないまま、ある夜「部屋で作業をしているからおいでよ」と言われて家に上がるとまあやはり例に漏れず往往にして行為をしそうになり、ただ「その様子を撮りたい」と言ってきたことと、裸に近づいたときに香った彼の体臭がいまいちピンと来ず断った。まだ電車があったので帰った(気がする)。

 

 

7)無垢な人だった。

 

やはりバンドマンで、彼への恋が一番うつくしい恋だったと自負しているし、そう自負させてほしいのが彼への恋だった。

一つ年が上の彼とはライブハウスの打ち上げで出会った。

存在自体は知っているバンドだったが、好きではなかった。

 

共通の知り合いに紹介され、「この子(わたし)彼氏いないんだよー!付き合ってあげてよー!」と酒の勢いでふっかけた知り合いと、「まじすか、付き合いますか?笑」と言ってきた調子が良く適当な彼だった。

 

翌日、ちょうど下北沢で彼のライブがあり、観たがやはり(ふーん)と思ったくらいだった。

ボーカルが、5人くらいしかいないフロアの客にMCでキレていて、ただ総じて変態性を感じるくらいの気迫はあって、曲も良かったが演奏も歌も粗くまだまだだった。

 

その後どうやって仲良くなったのか覚えていないが、度々ご飯を食べに行って会話したりするうちに彼のことを好きになった。そのうちに、彼のバンドもすごく好きになった。

 

お金を払って何度も何度もライブを観に行った。

特に好きではなかったはずのバンドだったのに、爆裂なライブ本数に磨かれた楽曲群はどんどん魅力的になっていたし、バンドとしての勢いもパフォーマンスの迫力も増していて、毎度純粋に観客として楽しかったし、魅了された。

 

それからも彼と会うときは決まって八王子の汚い店で飲んで、安い寿司を食べて、彼の家でまずい酒を作って飲んで、まじーって笑って、馬鹿みたいだった。

ヴィレヴァンの匂いのする部屋で彼の服を借りて一緒に眠って、行為はしなかった。夜通し音楽やバンドの話をした。彼は銀杏BOYZが好きだった。

 

とは言っても彼とはそんな風に季節に一度くらい会えたか会えないか、そんな中であるときに私が告白をして、「嬉しいし、俺も好きだけど(要約すると)バンドが爆裂に忙しすぎて付き合ったところで思うように会えないから付き合えない」と言われ、「なんじゃそりゃ」と思って泣いた。泣いた私の涙を、彼の5歳児みたいな無垢な目と手が拭いてくれた。

 

やっぱりその晩も彼の服を借りて一緒に眠って、行為はしなかった。

 

翌朝になると彼は昨晩よろしく爆裂にバンドをやっていたのでスタジオがあって、私もすぐに家を出て、八王子から府中に帰る電車で、ちょうど前日くらいにリリースされていた吉澤嘉代子の「残ってる」を聞いた。4年前か。

 

そこからお互いに忙しくなって、(向こうの爆裂さには到底敵わなかったけど)ただ彼の多忙に比例してバンドの人気や売れ行きも正しく順調に伸びていて、誇らしかった。

 

私も節目になるライブは観客として立ち会った。今まで見たこともないような数と層の若い観客が、そのバンドに見たこともないスケールのライブを叶えさせていることの誇らしさと寂しさの間で、ただただ楽しかった。

 

それ以降も、渋谷のスクランブル交差点の街頭ビジョンで彼のバンドのスポット映像が流れてい泣いたし、この間は武道館のステージに立って無茶苦茶なステージングをしている姿を見て泣いた。2年後には満員のアリーナのスタンド席で泣きたい。

 

一つ、ここまで比較的うつくしい話の流れを乱す要素があるとすれば、コロナ禍で一度会い、普通に行為をした。普通にちんちんにピアス入っててウケた。酔っていたのも相まって何の特別な感傷もないし、彼には引き続き爆裂にバンドをがんばってほしい。ギター、上手になるんだよ。

 

8)幼い人だった。

 

その人もまたやはりバンドマンで、バイト先のライブハウスで出会った。

数少ない同い年のバンドマンで、住んでいるところも近く、すぐに仲良くなった。

 

たやすく会えてしまうことはある種すごく残酷で、

彼が私の自宅の近くのライブハウスでアルバイトをしていたので、打ち上げ終わりの夜中にうちに来ることが増えた。

彼とは一度も行為をしていないけど、何度も一緒に手作りのご飯を食べて、眠って、起きてお互いの寝癖を茶化して、バイトまでの時間でIKEAとかに行った。

 

そんな日々の中であるとき、またしても私が告白をした。

すると「俺も好きだけど、今俺が君に感じている「好き」は、出会った最初の頃に抱いていた「好き」の気持ちとは違うと思う」と言われ、「な、なんじゃそりゃ」と思った。泣かなかった。

 

ボーカルだったこともあり、私を振った後も彼はよく独りよがりなSNS投稿をよくした。

そのことがより当時の私を歪めたような気もするし、少なくとも悲しみや憎しみを増幅させる一因だった。

 

その後、ライブハウスで偶然顔を合わせることもあったが、

環境の変化や、時間の経過によって彼のことも少しずつ忘れていった。

 

今年の夏に久しぶりに二人で酒を飲んだ。

やはり夜中だった。うちの近くの駐車場で缶チューハイを片手にお互いの近況報告をした。

 

唐突に「俺さ、曲にしたんだよ」と言われた。

私と過ごしたことが、あの不毛で馬鹿げた幼い恋が、なんと曲になっていた。

翌日タワーレコードに行き、CDを買い、前のめりに聞いた。

 

聞くとそれは過去を惜しむ失恋の歌のようだったが、全体を通してのサウンドやトーンは明るく、キャッチーだった。それもなんだかよかった。

ただ、曲の終わりに奇妙な音階のギター音が収録されており、彼に聞くと、

私が当時住んでいた部屋のチャイム音がファミリーマートの入店音と同じで、

当時それを彼に散々馬鹿にされたのだが、その音を真似たものだった。

何その、スペシャル・暗号的・演出.....と思いひたすらにグッときた。

 

彼への恋心の名残とかではなく、俯瞰で見たときに一文脈フェチとしてグッときた。

自分の過去の苦しみや悲しみが今こうして一つの作品に消化されたのであれば、わたしはもう何も言うことはない。音楽に関わる人間冥利に尽きるし、ありがとう。という気持ち。

それ以降定期的にその曲名でエゴサをかけ、内心自己顕示欲をぷりぷりさせている。

 

9)スタバらしい人だった。

 

大学2年生の終わりに、憧れの異性の先輩がいた。

講義がかぶるたびに彼の姿を目視して友達とはしゃいでいた。

一つ上だったが、それだけで当時の自分にはかなり大人びて見えたし、直接接点がなかったことでそのイメージは誇張され、助長されるばかりだった。

 

ある夜、バイト帰りに最寄駅からの帰路で彼の後ろ姿を見つけた。

勢いばかりがあった19歳の自分は悩む間もなく駆けていたし、「すみません」と声が出ていた。

「あの、〜概論の講座受けてますよね?私も受けてて、〜科の1年で、いつも存在だけ存じ上げていて、」のようなことを言うと、「あ、言われてみたら分かるかもしれない」のようなことを返してきた。

「本当ですか!?」覚えていてもらえたらしいことが嬉しく、連絡先交換をした。

 

その後二人でご飯に行き、彼のことを知った。

合理主義らしい態度、新宿南口のスタバでバイトをしていること、サークルには所属していないこと、蒙古タンメンが好きで、カップ麺を常備していること。全てにおいて少し醒めていて、客観性があること。色々に惹かれて、まあ早めに行為をした。

 

偶然、その日は私の誕生日だった。ただそこに変な感傷もなく、とは言えこの後は普通に付き合うのかな、など思っていたがその後彼からの連絡が途絶え、彼との関係は無に帰した。

 

その時私は悲しかったのか、それはどの程度の悲しみだったのか、彼は私にどんな言葉をかけたのか、もう正直記憶がない。

 

その後、お互いに社会人になってからも「久しぶり」的にご飯を食べたり酒を飲んだりもして、腹を割って当時のことも話したりもした。

その上で「あの時のお前の取った行動はクソだと思うので、反省するべき」と伝えたし、その上でなお彼も私も15%くらいはお互いに異性をしての気があったような気もするが、やはり連絡が途絶えがちで執着が続かず、今。

 

 

10)優しい人だった。

 

学祭の軽音楽部のステージで、彼はギターを弾いていた。

軽音部のレベルにしては彼はギターが上手く、本当に音楽が好きなんだろうなと思って、興味が湧いた。

 

小さな大学だったこともあり、彼の存在をすでに認知してはいたし、新歓期に彼を自分のサークルに誘う上部の会話をしたことも覚えていた。

「このアクセサリーって、〜のセレクトショップのオリジナルのだよね?オシャレだね!」と声をかけた。サブカルの畑の人間の母数がそもそも少ないので、そういう子が後輩として学校に存在していることがまず嬉しかった。

 

学祭後に、彼のInstagramのアカウントを探し出してフォローをしたところ返ってきたので、

深く考えずにDMを送った。

そこから何となく好きな音楽の話や、お互いのサークルの話などでなんだかんだ毎日やりとりが続いて、ある日ベトナム料理屋に行った。翌々日くらいに夜パフェを食べに行って、またその翌々日くらいに流星群を見た。「星見たくない?」と豪腕な誘い方をして、大学近くの公園で星を見て、コンビニのおでんを食べた。

 

その1週間後くらいに付き合った。4年ぶりの彼氏だった。

彼は年下ながらものをよく考えられる人で、穏やかで、ある程度正しく、器用で、尊敬できた。未知の要素や、自分にはない要素が彼の存在によって補完される感覚があった。

その8ヶ月後には彼とは別れたが、付き合っている間は本当に楽しくて、楽しかった感触だけが今も残っていて、尊い。

 

別れた理由は彼の元彼女への接し方や距離感、人間関係に関してお互いにあいなれない部分や譲れない感覚があったことだったけれど、総じてわたしが幼かった。

 

彼を自分の庭で飼い慣らしたかったし、自分の目の届く環境で、自分が理解できる価値観にだけ共鳴し、自分の把握しうる範囲の物事においてだけ心を動かしていて欲しかった。

全てエゴだったし、支配欲みたいなものが野放しになると人はこうなるのかと思った。

 

それでいて彼に行為後に「大好き!」と言った数分後にオロオロ泣いたりもしていたし、もうワヤクソだった。本当にごめんなさい。

 

一つ、私の口癖でラブラブモードの時に彼に散々「べいびー」と言ったりしていたが、別れた後も彼は自分のブログで思いを綴りつつその言葉を引いていて、なるほどと思ったりもした。

自分を形作っていた要素や言動が相手の中にミリ単位で残留することの気持ち悪さや、居心地の悪さも感じた。それも含めて全てエゴだけど。

 

先日久々に電話で連絡を取った彼は、「自分がいなくても世界が変わらずに回ることが悲しくて、やるせない」と言っていて、私は「世界は変わらず回るし、自分はいてもいなくてもいい存在かもしれない、とはいえ生きて働く一社会に生きる存在である以上、今お前はどうしたい?」と超受け売りのリクルート式コーチングをしておいた。

「大人になったんだね」と言われた。

 

 

11)頭の良い人だった。

 

もともと一方的に会ってみたいと思っていた。

同業の知り合いに仲介してもらい、下北沢で数人で飲む機会をもらった。

 

彼は私より3つ下の、実家が裕福な、生意気な慶應義塾大学の学生だった。

音楽の趣味が良く、個人で意志の通ったイベント企画をやっていた。

 

会話して二言目くらいでなんとなくこの子たまらんなという気持ちになり、「付き合わない?」と言った。「いいですよ、付き合いますか?」と言われて、ますますたまらんなとなった。

 

結果付き合わなかったが、一度だけ行為をした。

彼との関わりの途中に異性として正統派に好きだとも思ったし、告白めいたこともしたが「数日前に彼女ができた」と言われたり、行為の時に「俺、〜ちゃんと2回ちゅーだけしてて、あと1回ちゅーしたらそれに追いつけるよ」と煽られたり、総じて頭のいい生意気な慶應義塾大学の学生は最低で最高だなと思った。

 

比較的暇な大学生だったので夜中の3時にタクシーで呼び出してしまったり、甘えた出社に付き合ってもらってオフィス街を散歩したりしたことは楽しかった。

 

お互いに自意識がそれぞれ捻れ歪んでいるので、今は彼にSNSをブロックされていたりされていなかったりする。元気かな。2年後くらいに茶でもしばきたい。

 

 

12)ワイルドな人だった。

 

最初は、雑に言うと「音楽業界人を志す学生向けセミナー」のような場で、私が受講者で彼が講師だった。当時既に国民的だったバンドのマネージャーをしていた、

 

魅力的な声と話し口ではありつつ、話術どうこうの前に彼のエピソードとしての人生がすごく魅力的な人だった。20歳の私は彼の存在に惹かれ、講座の終了後に彼を追いかけて「あなたの話をもっと聞きたいし、もっと関わりたいです」のような旨を伝えた。

 

彼は比較的まっすぐで指導目線もあり、熱量を投げたら投げた分正しくペイしてくれるような人だったので、そこから仕事を起点に関わるようになった。

人手が足りない際の軽いアルバイトのようなものだったが、いつも「元気で前向きで君はいいね」と評価してくれた。それが嬉しかった。

 

そんな風に関わるうちに、先輩に向ける眼差しと異性に向ける眼差しが混同していた私は、彼に対して人目もはばからず「好きです」「大好きです」「マイスイートエンジェル」のような感じで愛をフルオープンにしていつも絡んでいた。

彼はいつも困ったような、でも嬉しいような、絶妙なリアクションで、それもまた嬉しかった。

100%の親心で返すのではなく、たまに本気にするような穿った目を向けてくれることがあり、その隙間を見つけるのが当時は悪気なく楽しかったし、彼に相応の愛おしさも感じてもいた。

 

彼は既婚者で、自分と同い年の子どもがいることも知っていたので(良くも悪くもこれ以上関係が変化することはないだろう)と思い、甘えていた。

 

ある日に現場が被り、帰りが遅くなった時に彼の車で送ってもらったことがあった。

「帰って別れるのが寂しい」と伝え、キスだけした。

 

それ以上踏み込むとどうなるか、責任の範囲は、など自分の倫理観と相談した結果、その恋は打ち切りになった。自然と会わなくなったし、連絡も途絶えた。彼にも人並みの罪悪感があったのだと思う。

 

それから3年が経ち、彼はまた新たな演者を担当していた。

そしてその演者が絶賛国民的存在になっている最中であり、その演者のSNSで彼が載っていたことで、今から数えて2ヶ月ほど前に「ご無沙汰です」と連絡をしてみた。

変わらず好意的で、会う約束が取り付けられ、恵比寿で高いすき焼きを食べた。(食べさせてもらった。)彼は離婚していた。

 

あの時の倫理観は何だったんだろうと思った。(そうじゃないけど)

久しぶりにしっかり会話をした彼は変わらずに魅力的で、エネルギッシュで、前向きで、そしてやはりたまに私の言動を本気にするような、息子と同い年の小娘を異性の棚に載せるかどうかを迷っているような穿った目を向けて来て、やはり好きだった。

 

数日後に江ノ島にドライブに行った。結果、やはり好きだったし、好き。

 

 

 

 

ただここまで恋愛めいたことを重ねてきた結果を踏まえて、彼とは薄くでも細くでも、長期的に関われたら何よりだなと思う。

 

劇物のような恋をして途絶えた関係性ばかりが今ここに書き連ねられていて、思えばそれぞれに楽しかったし苦しかったし価値があったけれど、今後はoか1かの価値を今この瞬間に決定するような刹那的かつ表層的なものではない、また違ったレイヤーで人と関われるようになりたい。

 

長年仕込みの幼さとエゴを胸に変わらず持ちながらも、驕らず、慢心せず、一日ずつ一歩ずつでも着実に人を誠実に愛し続けることができたら、人生はそれだけで良いと思う。

 

愛を込めて、みさつ