さて・・・

出会いの春から季節は移りましたが

みなさんは、自己紹介って得意ですか?なんか、テンプレ的なものがあってそれを使ってる・・・とか

 

今日は、「私が知っている私はほぼ錯覚」

そんなお話です

 

 

 

 

 

 

さて、私探しの旅をしている最中

強み発掘とか、色々な種類のセッションとか、過去生にヒントを得るようなこととか

様々なことに挑戦しているかと思うのですけど

 

まず、一番最初に知っておいて欲しいのが

「私がよく知っている私は思考が作っている偶像」であるということです

 

これ、私も含めて

ほとんどの人が錯覚しているんじゃないでしょうか

 

 

以前、こんなことを書きました

 

 

私たちは、思考によって「こんな私」を作り上げています

その「私」を作り上げた思考の素となったものは、本来自分に備わっていたものではありません

 

生きていくための規則、規範のようなもの

例えば、「信号が赤になったら止まる」

それは、私たちに本来備わっているものではなく、社会生活を営む上で必要とされているルールです

ですから、ルールを学んでいない人は止まりません

「赤」が警告を示し、なんとなく注意しなければならない気がする・・・

そんな考えも、生まれた後に培った知識(経験、思考)です

 

なので、極端なことを言えば

「赤信号で止まるあなたは、本来のあなたではない」ということ

元々備わっていたものではないので、ね

 

 

じゃあ、自分が生まれながらに持っている物は何か

 

それは「感覚」「感性」です

 

「感覚」や「感性」は生きる為に必要な能力でもあるので

生まれながらにそれらを感じ取る「感覚器官」が備わっています

だから、赤ちゃんは快、不快、欲求を感じ取って訴えるのです

 

泣いたり、笑ったり、しかめっ面をしたり・・・

 


そして、もちろん

この感覚器官は大人になっても失われることはありません

鈍麻になっているかもしれませんけど・・・

 

そして、もう一つ

この「身体」も感覚によって知覚していくものなんです

赤ちゃんが、自分で動かせるようになった手足を口に入れて「存在を知覚」するでしょう?

 

自分が、どんな器に入っているのか

これから生きていく人生における器具。機能など

魂がそれらを知ろう、確かめようとしている行為にも感じます

 

 

ともかく、その身体であるとか頭(思考)であるとか、そんな部分を除いた部分

=感覚、感性が「本来の自分」なのです

 

 

で、先ほどのお話のように

成長するにつれ、その感覚や感性は鈍っていきます

年月を掛けて鈍らせていく・・・

 

それは「思考」を優先させるから

 

「自分に与えられた役割」を果たすこと

それによって社会が成り立っているからなんです

その役割を果たす(役割を決める)ために知識、学力などを増していき、思考優位であるほどに「良い役割」につくことができるから、です

 

だから「思考を優先させるほどに良い生活(安定)が得られる」と思っているからなんです

 

 

本当はとっても嫌だけど

 

本当は、なんか違うんじゃないかと思っているけど

 

 

でも、より良く生きる為に頑張る

 

きっと「やるべき」なんだと、自分に言い聞かせる

 

そんな選択を重ねていくことで、本来持つ感覚や感性を否定して蓋をしていくのです

 

 

自分を抑える

それが正しいと自分に言い聞かせる

 

自分の感覚が強い否定を示したら、それを抑えるために

さらに強く感覚、感性を塞いでいく

 

 

 

で、この「感覚や感性を塞ぐこと」が

あなたの今を大きく転換させない根本的な理由なのです

 

 

 

自分が本来持つ能力を活かしたい

 

でも、本来自分に備わっている感覚や感性は「都合が悪いもの」は塞いでいる

何故か・・・

 

 

それじゃダメだから

 

自分の感覚や感性を他人に示すような。そんな私ではダメだから

 

 

そんな自己否定、自己卑下の状態だから

その様な現実を具現化するのです

 

あなたの現実を、あなたが「これじゃダメだ」で作り上げているから

「ダメだ」と強く思い込まないと自分の感覚や感性を抑えられない

自分の感覚や感性を抑えられないと、社会からはみ出てしまう。そうなると生きていけない(安定しない)

 

だから、感覚や感性を活かしては「ダメだ」

感覚や感性を塞がなければ・・・

 

そう思っているから「ダメだ」と思い、強く自分を抑え付けるための現実を用意するのです

 

自分にダメ出しできるように、駄目な現実を具現化する

そんな感じです

 

 

 

思考は本当のあなたではありません

それを「知って」「決める」ことが大切です

 

だって、どんなにネガティブに思考がグルグル回っても

これが本当の自分ではないこと、を知っていれば

そのネガティブな思考を回したい自分を、冷静に見ることができるでしょう?

 

そして、きっと気付けるはず

 

 

不確かな未来を空想していること

 

既に過ぎ去った過去を、今の不安に合うようにカスタマイズしていること

 

そんな過去なんて、今は自分の中になくても良いこと

 

 

 

 

思考はね

「今、ここ」という変わりゆく世界が苦手です

なので、思考が作り上げた未来や過去にあなたを連れて行って

「不安や苦しみ、恐れ、悩み」を見せつけます

そして、自分(思考)は「その不安などに備える方法をもっていること」を示し、思考を優位にさせようとします

 

こんなことがあっても、思考できれば大丈夫

私(思考)が居れば、どんな不幸な未来になっても大丈夫なんだよ!!

って・・・

 

 

思いっきりポジティブな未来を描いているんならいいですけど

思考って大事!って思えるのは、不安やイライラがつのる未来なんです

 

ポジティブな未来を描いていても、「でも、こんなことあったら困るんじゃない?」とか

「これに備えておかなきゃ」とか

結局、不安などに繋がっていくから・・・

 

そうなる「現実」が引き寄せられる

 

 

 

そんなことになります

 

 

 

なので、大切にして欲しいのは

「感覚」「感性」という本来持つ力です

 

あなたがどのように感じているのか

 

 

先ほどからお話ししているように

本来のあなたは「感覚」「感性」です

 

ちょっと注意してみると、実際にあなたの感覚や感性が声を上げているはずなのです

「嫌だ」「こっちが良い」「こうしたい」

小さな事でも、大切な決断の時でも

常に反応しているはずなんです

 

 

その反応に気付いて、なるべく従う

 

 

あなたの感覚や感性を叶えてあげる(具現化していく)

 

 

 

 

あなたの感覚や感性が「心地よさ」「喜び 」を示すことは何でしょう?

その反応に敏感であることがまず一番

そして、素直に従うことが大切なのです

 

 

それだけで、あなたが望むような現実が自然と展開していきます

 

 

 

感じやすいからといって「不快感(イヤだ、合わない、辞めたい)」ばかり感じ、従わないように

それすら、いつの間にか「思考」になっていることもあるからね

 

 

 

と、いうことで・・・

私の限界も、私が知っている良いところも、私が知っているイヤなところも

 「私として理解してもらいやすい私 」なんだ、というお話です

 

 

なんでね

本当の私、って一言で言えるもんじゃないんです

 

 

 

 

そして、私の「ここまで」を越えていくのは

星々の後押しが得られる今が最適、というお話に繋がるのです

 

 

 

 

 

 

*価値観、常識を教える度に悩ましくなる坊ちゃんは、こんな素敵な言葉をくれる子です

 

 

 

*受験期の娘さまへ

 

 

*この転機から後、娘さまの行動は常に私の想定外へ・・・

知らない間に、岡山から東京に引っ越してたり、就職してたり転職してたり・・・

坊ちゃん曰く「自分で生きているんだからそれだけで凄いんじゃね?!」

確かに~

 

 

 

 

 

 

 

*我が家の子育て考