※  妄想小説です
実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません
BL的表現を含みます。












船の前方では、救命ボートに乗ろうと半ばパニックになっている群衆が見える。

「落ち着いて!ゆっくりと!順番に!」

なんとか落ち着かせようと乗務員が叫んでいる。

俺達はデッキの中央部の辺りで身を寄せ合っていた
そこに1人の男がやってきてサトシに声をかけた。

「サトシ!サトシじゃないか!」

「ルイス! 生きていたんだな!」

2人は知り合いだったらしく、
抱き合って再会を喜んでいる。

「ん? サトシ…この人は?」

「ああ、こちらはショウくん。おいらの恋人だよ」

「へ? 恋人?お前そっちだったの?」

「ち、違うよ!ショウは特別!」

俺を置き去りに進む会話に、戸惑っていると

「ショウ。紹介するね、こちらはルイス
おいらの友達で、偶然…この船に乗ることが
出来たんだ」

「…偶然?」

「うーん。実はさ
この船の乗船券は…ルイスが
ポーカーの賭けで勝って、手に入れたんだ」

ああ、前にサトシがそう言っていたな。
そうか、彼の事だったのか。

少し気まずそうに
ルイスとサトシは顔を見合わせて

「でも、あん時の奴らの顔!
サイコーだったよな?」

ルイスが思い出し笑いをする。

「悪いことしたけど、お陰でこの船に乗れたしね」

サトシが俺をちらりと見る。

そんな偶然が重なって、俺とサトシは出逢う事が出来たのか…

「でもさ、こんな事になるならあの時負ければ良かったぜ…」

「……ルイス」

「サトシも俺が勝ったばっかりに、悪かったな」

「それは違うよ。おいらが乗るって決めたんだ。
ルイスが謝る事じゃない」

「そっか…」

ルイスはそう呟くと、不思議そうな顔で俺達を見比べた。

「で、お前たち2人は何でこんな所に居るんだ?
救命ボートに乗らないのか?」

「おいら達は…」

乗らない。と言えば理由を聞かれるだろう。

救命ボートが足りないなんて言えるわけない。

サトシは答えに詰まっていた。

「私のせいなのです。
私が爵位を持つ身なので最後に乗ると言ったら
サトシを付き合わせる事になってしまって…」

俺は、さりげなく話を誤魔化した。

「なるほど、貴族って言うのも大変なんだな
でも、あんたは偉いと思うぜ」

「ありがとう」

「サトシ、俺は先に行かせてもらうよ。
2人とも無事にこの船から出ろよ! 」

ルイスはもう一度サトシを抱きしめた後、
救命ボートに群がる人達の中に消えていった。

サトシと俺はその背中を見送った。
ずっと気掛かりだったのだろう

「良かった。生きててくれた…」

サトシがポツリと呟いた。




氷山にぶつかってから、かなり時間が経った筈だ。

Eデッキにいた時の、水位の上がり方から予測すると一等客室まで水が来るのもそろそろだろう。

「サトシ…」

「何?ショウ…」

「俺はジョンソン氏の説明でこう聞いた。
船は先端から沈む。そして引っ張られる様に後ろの方も沈む。と」

「…うん」

「まだ異変はないが、水の勢いは読めない。
今のうちに後ろの方に移動しよう」

「そうだな。うん。そうしよう」

サトシと俺はお互いをロープで繋いだまま

船の後方へと移動を始めた。

その途中、1人の男を囲むようにしゃがみ、祈る人達を見た。

その男は

「さあ、祈るのです!
我らをお救いになられるのは
神、ただ、お1人です。
祈りましょう…

神よ、我らをどうかお救いください…」

そう何度も繰り返し、
周りにいる人々も手を組み合わせ、必至に祈りを捧げている。

「ショウは神様に祈る?」

「祈るよ。でも今は、心の中でね」

「おいらも。祈ってる…」

どうか、1秒でも長くこの船が海に浮いていられるように。そして救助船が1秒でも早くここへたどり着けますように。


その時だった。

パーン!!

大きな音が鳴ったと思ったら
船の一切の明かりが消えた。