朝日新聞 投稿記事「声」に掲載されました。
幾度も投稿しましたが、今回が初めてです。
先日、女子少年院で話をする機会があり、そこで感じたことを新聞に投稿したものです。
迷う若者に安心できる居場所を
2026年9月12日
女子少年院で少女たちと接する機会があった。窃盗、傷害、薬物、暴行など、彼女たちが犯した罪は決して許されるものではない。しかし話を聞く中で、「すべて本人の責任なのだろうか」という思いが残った。私は21年前に娘を殺害された被害者遺族だ。苦しみ、悩みながらも事件から21年経ってやっと、楽しい日々も訪れることを知り得た。志半ばで亡くなった娘を思い、若い人に夢を持ってもらおうと、様々な場所で講演している。
少年院には、それぞれの事情を抱えた少女たちがいる。親から暴力や性虐待を受けても、周りに気づいてもらえなかった少女。家庭に居場所がなく、家出先で犯罪に手を染めた少女もいる。九九につまずき、読み書きに苦労し、人との接し方に迷いながら生きている少女もいる。
犯罪はいけないと、本人たちも分かっている。少年院での生活を終えれば、社会に戻り、自分で未来を切りひらいていかなければならない。ところが、過去の非行や犯罪を知られることで、居場所を失い、再び犯罪に向かうこともある。
迷いながらも生きようとしている少女たちに、誰かが手を差し伸べられる社会であってほしい。注意するだけでも、慰めるだけでも、人は変わらない。過去に縛られず、安心して生きていける居場所と社会の支えがあることを願っている。
