「真理子だよな」
そう声をかけられ、真理子は振り返った。現在真理子は、よく行列の出来るラーメン屋の行列に並んでいた。
振り返ると、そこにいたのは見覚えのある懐かしい男だった。
「正喜」と真理子は口にする。
正喜は真理子を見て、微笑む。
「懐かしいな」あまり懐かしそうではない。「こんなところで会うなんて」それは、行列で、ということなのか、ラーメン屋の前で、ということなのか、どちらなのだろうと、真理子は考える。
「そうだね、久しぶり」真理子はあまり感情を込めずに言う。
「久しぶりそうじゃないなあ」懐かしそうでなかったのは誰だ、と真理子は思う。
「そうかな」
「そうだろ」
別れてから一年後にまさか再会するなんて、と真理子は内心で苦笑する。
始めて正喜に会ったときは、「これが恋心なのだ」と一目惚れしたが、今は「これが再会なのだ」と過去を少しだけ思い返していた。
「この行列に並んでる女子、お前だけだな」人を小馬鹿にするような笑い方は変わっていない。彼は「今はな」と付け足した。
「今は?」真理子は即座に反応した。
「今、近くの自動販売機にジュース買いに行ってるからいないけど、もうしばらくしたら俺の彼女がやって来ると思う」
「あっ、彼女いるんだ」別にやましい気持ちがあったわけではないが、やっと我に返ったような気になった。
「うん、いる」正喜は平然と言う。それが当たり前なのだけれど。「お前と別れた後、一ヶ月後くらいかな。つくったんだ」
真理子は「彼女をつくる」などの、「つくる」という表現が好きではなかった。何だか大量生産しているように聞こえてしまう。私も大量生産された内の一人なのではないかと。そう考えてしまう。
別れた一ヶ月後、と言えば真理子は「もう恋なんかするもんか」と、友人と毎日のようにやけ酒を呑んでいた。
「このラーメン屋、二人でよく行ってたよな」正喜が看板を見つめながら言った。
「そうだね」真理子は出来るだけ気持ちを込めずに答えたが、少しばかり懐かしさと寂しさを漏らしてしまったような気がした。
「怒ってる?」正喜は真理子を見る。
「何が?」真理子は何を聞かれているのか分からず、首を傾げる。
「ほら、昔の彼女とよく行った店に、今の彼女と行くなんてさ」正喜は苦笑した。「しかも元カノ目の前にして堂々と」そのときの正喜は白い前歯を見せて、笑った。
真理子は頷く。「うん、怒ってるよ」
正喜は心底、驚いた顔をしてから、「やっぱり」と口を開いた。
「ううん、嘘」
「えっ、どっち?」
「嘘、嘘。怒ってなんかないよ」真理子は微笑む。
「やっぱり」そのときの正喜は少し安堵したような様子だった。
怒ってるわけじゃないけど、怒れないわけでもない。何というのか、言葉に出来ない気持ちを無理矢理、言葉にすると、「寂しい」なんじゃないか、と真理子は内心で思う。
「昔は昔、今は今。別に気にしてないし」
強がってる風に言ってみるけど、本心はすべて、逆。本音をさらせば、正喜に泣きつきたいくらいだった。
でもそれが出来ないから、してはいけないから、「寂しい」だなんて頼りない言葉でしか表現出来ないのだろう。
「真理子は今、彼氏いるの?」
正喜の唐突な質問に真理子は一瞬、焦る。言葉が見つからなかった。
「秘密」気付くと真理子は、そう口にしていた。
「そっか」正喜は照れ臭そうに頭をかく。「そうだよね」
「うん。プライベートだし」
少しずつ、ゆっくりと行列は前へ動いていく。しかし、並び始める人は次々に増えるため、列自体は長くなる一方だ。
それでも確実に動くため、いずれ先頭に立つことになる。
真理子は今、行列の一番前に立っている。その後ろに正喜がいる。
数十分前から二人の会話は途切れた。話題がなくなったとか、喧嘩をしたとかではなく、「何となく」だった。別れても波長は合うのかもしれない。
「遅いな」正喜が口を開いた。
真理子は正喜が考えていることを察した。「あ、彼女さん?」私は元彼女さんです、と内心で自嘲気味に自己紹介する。
「そうそう。近くに自動販売機あったんだけどなあ」
「何か事件に巻き込まれたりして」真理子はけらけらと笑いながら、言った。
「まさか」正喜は真剣な目をして、言う。
そんな正喜を、真理子はじっと見つめた。嬉しそうにも、悲しそうにも見える目で見つめていた。
それからしばらくして正喜の彼女は、走ってやってきた。息を切らしている。
「まだ並んでたんだ」正喜の彼女は目を丸くした。
「これでもだいぶ、進んだ方だよ」正喜が答える。「遅かったけど、どうしたんだよ」
「実はね、ジュース買いに行くとき、元カレに会って」正喜の彼女は笑う。「ついつい話が弾んじゃってさ」
正喜は一瞬、真理子を見た。こんな奇跡のような、いや、見方を変えれば、悪夢のような出来事が連鎖するものか。しかも、こんな近辺で。正喜は内心、そう思っていただろう。
「あっ、怒ってる?」
彼女の言葉に正喜は首を傾げた。「何で?」
「だってほら、昔の恋人に会って、しかも楽しく話するなんてさ」
「楽しかったのか」正喜は恋人を見つめ、言った。
「あっ、いや」正喜の彼女はたじろいでいる。「あたしだったら、怒っちゃうかなって思ってさ」ちゃっかり話題を変えたな。
「怒るのか」
正喜が真理子と目を合わせる。自分達の関係を話すべきかどうか、きっと同じことを迷っているんだ。そう考えると、笑ってしまう。真理子は口元を隠して、気付かれないように微笑んだ。その反対に、正喜は豪快に笑った。
「何、どうしたの?」正喜の彼女は一体、何がおかしいのだ、と訳が分からないという顔をする。
「実はな」正喜は真理子を指さした。「この人は俺の元カノだ」
正喜の彼女は指された方を見る。真理子と目が合う。「えっ嘘」
「本当」正喜は抑揚を付けずに答えた。
真理子は小さく会釈をし、「私は元彼女さんです」と言った。
「本当なんですか?」正喜の彼女は未だに信じられないらしい。
「それが本当なんです」
正喜の彼女は真理子をじっと見つめてから、「可愛らしい人」と口にした。それが本心なのか、何か嫉妬とかから来る言葉なのかは分からない。ただ真理子は笑顔をつくるだけつくった。
「何か、複雑だな」正喜が苦笑しながら言う。それは状況のことなのか、はたまた三人の関係のことなのか。
「私達」正喜の彼女が真理子に言う。「ここのラーメン屋よく来るんです。正喜が美味しいって」
正喜は「余計なことを言いやがって」と言いたげな表情をしている。
このラーメン屋は何か恋愛成就などのパワーでもあるのだろうか。真理子は内心で考える。それは、もやもやした気持ちを紛らわすためだったのかもしれない。
店から一人の男性が出てきた。直後に、先頭の真理子が店員に呼ばれた。
「いえ、私達、三人で来てるんで」
そう言いかけて、やめた。それは正喜と正喜の彼女のためにも、真理子自身のためにも、ならないから。
真理子は後ろの二人を見て、微笑んで、店の中に入った。
賑やかで狭い店内のカウンター席に座ってから真理子は、「どうせ、あの二人もこのあと入ってくるじゃない」とようやく気が付いた。
〈あとがき〉
行列に並んでいるときに、別れた恋人と偶然会ったらどうなるだろう。
そんなシチュエーションが浮かんだところから、この作品は生まれました。
僕は普段、ラブストーリーは書きません(というか書けません)。本作はラブストーリーなのですが、ラブストーリー執筆素人の僕は、「これでいいのだろうか」「これで大丈夫なのか」とかなり不安になりましたが、書き上がったものを読んでみると、なかなか面白いのではないかと、自分で思ってしまいました。
しかしラブストーリー執筆には、こんな危険性があります。それは「作者の恋愛観がバレてしまうこと」です。分かっているとは思いますが、一応書いておきます。僕は別れた恋人と行列に並んでいるときに再会したいわけではありません(書いてから、「これは恋愛観とは言わないだろ」と思いましたが)。
さて、最後になりますが、本作のタイトルは間違えずに言えますか?
「行列に並んだことによって巻き起こる奇跡のような、または悪夢のような出来事」です。
長いですね。長すぎます。
なので、友人に本作を紹介したいときや、「あの話なんだっけ、あっ思い出した」なんてときは、「行列」と読んでやってください。
それでは僕は早速、次の作品の執筆を開始しています。次回作品のことを一つだけ言うと、「何だか変わったつくり」、です。
それでは今後とも、yutaをよろしくお願いします。最後まで読んでいただきありがとうございました。
【例文】「あの話、知ってる? 面白い話なんだけどさ、何だっけ? えっと、長いやつだよ長いやつ。うーん、あっ、そうだ。思い出した。「行列」だ!」
