小説をひとつ読み終わったあとはいつも

自分の周りが小説のように見えてしまうのは、

私だけなのでしょうか?


この一年間本当にいろんなことがありました。

それはすごく不思議でした


私の趣味が一変しましたし

あたらし経験もたくさんしました

その裏で捨ててきたものもたくさんありました


捨ててきたものの中に

私は大切なものを落としてしまった気もしますが

そうでない気もします


得てきたものの中には

必要ではないものもたくさんあった気がする…


人生って本当に難しいです


私がそのとき正しい選択だと思っていたものは全然正しくなくて…

今正しいと思ってやってることも反面は、

「なんでこんなことやっているんだ?時間の無駄じゃない?」って感じです。


今はとにかく死んだように

死ぬまで

寝たい




なにもかもが疲れて感じる今日このごろです…

一時期勉強することが楽しくなり、

授業も楽しくて起きていられるようになりましたが、

最近はそんな気持ちも吹っ飛ぶほど

考え込んでしまいます

それは本当にいろんなことなのです…


恋のことから始まり

最終的にはいつも自分の人生のことになります

17歳の私が考える人生論の一部なんて

世の中の多くの人が考えるものを

はるかに下回ります


私は

なにも楽しいと感じなくなりました

そうなったとき

感じなくなるだけなら良いのですが

すべてにおいて辛くなりました


辛くなって、

辛くなって

何もしたくなくなりました


別に不自由があるわけでも

いじめでもありません

でもみんなと同じことをやっている意味が分からなくて

その意味さえも見出せないと

何を目標にしていいかもわからなくなってしまいました。


逃げているだけのように見えるのが苦しいです

私は考えてこれが一番だと思うように行動していますが

それが世の中の殆どの人から逃げてると受け止められたら


やっぱりそれは逃げなんでしょうか?


もう自分は奇人なら奇人と定義されたいです


奇人なのに普通の人と定義されたときつらいのは

私自身なんです



今まで自分はその立場に立たされていると思っていましたが

そうではないのです。

私は立っているのです。

私はもう人間として一歩間違えました。

でもそれがどんな間違えなのか分かりません。

というより私はそれを間違いだと思いません。

でも100人中50人が間違えだと言った時点それは普通のことではないのかもしれません。



私は今本当にいろんなことがあって

高校を辞めたいと思っています。

現実には留年という形で表示されるかもしれないのですが

私は留年をしたくありません


成績は良い方です。

友達もたくさんいます。

違反もしたことはありません。


至って、健全な高校生だと思います。

というより思われています。


そんな私がこんな気持ち(辞めたい)に至るまでには

本当にいろんなことがありました。


私は音楽が好きです。

本当に好きです。

なので、自分の評価はそれなりに求めますし、それなりに自分も表示し、要求もあります


ただここに来て、学校の評価というものにすごく曖昧さを感じ、失望しました。

今の教員に対する不満でもあります。

専門的な知識を持った先生方に不満があるというのも

生意気な話なのですが、

今の教育現場の実態がそれなので、

もう生意気とかの次元ではないと思います。


私の学校では、その教育ということにおいて

大きくずれていると気がついて、

そこから大きな失望に変わりました


学校の評価は今はもう正しくありません


これは断言できます。

いや、私の学校だけかもしれませんが、こういうことが起きている以上、すべての学校に言えるのではないのでしょうか?


この時期まだ3学期(あるいは、最後の成績)はどの学校の決まっていないはずです。

なぜなら、

まだ最後のテストも終了していないからです。


なのにもう成績が決まっていると知ったら

あなたは今後授業をどう受けますか?


受ける気になりますか?


その成績は、もう変わらないものだとしたら、

後は授業を出て出席を出すだけだとしたら、

私たちに残された頑張るものは、

授業に出席するだけです


それは、

時間の無駄ではないでしょうか?

なんだか考えるだけで笑えてきますが

これは決して想像などではありません


現実に起きていることです。