私は
『デビュー戦を途中降板』と書きましたが
これは帰省中の次男と
このことについて話した時の、
本人の表現を借りたものです。
次男がいる業界に限らず、
多くの会社や組織で
仕事(試合)一つ一つが
経歴・業績となり、
出世にも関わることがありますよね。
その世界の外から見たら
「?」と思われるようなことでも
そこでは鉄則、というものがあります。
例えば、大学病院の医師だったら。
どんなに患者さんに人気があり
大学病院を繁盛させる医師でも、
書いた論文の数やこなした手術数
採択された科研費が少なければ
教授選になった時に厳しかったり、
学閥が関係したり…
まあ、それだけじゃないですけど。
次男の会社には
営業畑、事務畑(管理畑)、
他にはあと3つくらいかな?
大きく分けていくつかの部門があり、
各畑内に出世の法則が存在し、
幹部の経歴からも
いちばんには学歴が関係していることは
明らかなのですが、
次男が所属する畑だけは、完全に別。
いかに利益や売上を上げたか、
その中でどれだけコストを抑えられたか、
問題や事故なく完遂できたか、
デリバリーが遅れて
クライアントに
迷惑をかけることがなかったか、
当然ながら
納めたものの品質に問題はないか、
等々トータルの評価が
出世に大きく関わるという、
学歴は関係ない下剋上が挑める畑です。
この畑は業界トップを誇り、
もちろん会社全体の売上のうちの大部分を
その畑から納めていて、
それだけ会社にとっては
大事な大事な畑、ということです。
実際、幹部の大多数を
この畑出身者が占めています。
若い社員達は、先発投手のようなもの。
できれば、試合を完投して
白星をつけたい。
「完封」を目指して挑みます。
しかし、
出世し幹部になるかもしれない若い子を
多く抱えるこの畑では、
“負け試合の始末をする人”という
選手もいます。
黒星がついたところで、今更…という
ある程度年齢のいった
それ以上の出世が見込めない人とか・・・
これは負け試合だ、
そうわかれば、
会社は黒星がつかないうちに
さっさと若い先発投手を降板をさせて、
次の試合に温存するんです。
「ベンチ(本社)に戻れ」
「次の試合(仕事)に行け」
シビアですね。
私は、次男から会社の事情や思惑を聞いて
怖くなりました。
そして、淡々と自分達を
「ローテーション入りした投手」に例え、
敗戦処理投手の存在もあることを
顔色一つ変えずに言う
まだ幼い顔をした次男のことを、
遠くにいってしまったように感じました。
うちの次男だって、
いつ敗戦処理投手になるか
わからないじゃないですか。
プロ野球に詳しい方なら、
この用語わかりますよね?中継ぎ、火消し…
敗戦処理投手のミッションは、
主力投手の温存、試合の進行。
チームには絶対に
いなくてはならない人員ですし、
敗戦処理の好投により
大逆転劇が生まれるどんでん返しもあるので
一概には言えませんけれど、
負け試合だとわかっていて
どんなモチベーションで
投げればいいのか・・・
私は、次男がもしも
いつかその立場になる日が来たら
どんな気持ちで仕事を続けていくのだろう、
私はどう声をかければいいのか、
その時私はこの世に存在するんだろうか、
他人事ではないことを
この子はわかって言っているんだろうか、
…と考えたりもしました。
感情を表に出さない方です。
親の私から見ても、とても理性的。
でも、私の部屋に飾ってある
二人の息子の写真の次男は、
成人式でも大学卒業時も
幼い顔をして笑っています。
私は、次男の帰省中
淡々と会社の事情を話す次男と
写真の中の幼い顔をした次男が
同一人物に思えないほど、
次男の口から出るシビアな話を
不思議な感覚で聞いていました。
次男を含む若手メンバー数人は途中降板。
途中降板をした他の若手は、
都内や近隣県で
既に稼働中のプロジェクトへと異動。
次男は本社へ。
辞令を言い渡された瞬間は
「あ、そうすか。」とだけ
返事をしたそうです。
次男、本当は
いろいろな感情がごちゃ混ぜで、
どんな顔をしていいか、
どう返事をするべきか、
わからなかったらしいです。
『デビュー戦途中降板』という現実は
正直気持ちがイイものではない。
でも、それは会社の配慮。
自分は未来ある若い投手。
本社勤務も、そりゃ嬉しい。
お世話になりました、と挨拶をして
休暇をもらった一週間後には
11ヶ月ぶりに本社へ。
自分を可愛がってくれる部長も
近くにいる部署に。
同期や先輩は、
他の場所へ
“中継ぎ”としての投入をされなかったのが
次男であることを
「本社内勤がいるとしたら、
おまえだと思ったよ笑」
と言ってくれたみたい。
次男はその瞬間
「ふーん、そんなもんかねぇ。
・・・本社か。
じいじやママはきっと喜ぶんだろうけど。」
と故郷の家族の顔が浮かんだんだそう。
でも、他の人の手前
どんな顔をすればいいのか…
じゃあサヨナラ!と挨拶をしていく
敗戦処理をする大先輩投手だって、
昨日まで
朝ご飯も昼ご飯も夜ご飯も一緒に食べ
一緒に泣き、一緒に笑った仲間。
後にどんな苦労が待っているのかも、
想像はできる。
プロジェクトを発注した側は
訴訟をおこすかもしれない。
何がおこるのか、どうなるのかを
自分は傍観者として
本社の書類で見ることになる。
これだけ関わっておきながら、傍観者?
責任って何だろう。
お世話になった上司や先輩に
後始末を任せて、
可愛がってくれた下請け業者のオジサン達を
ミスをしたから…と
責めることなんてしたくもないのに
管理する側としてはしなきゃいけない。
文旦を買ってきてくれたオジサン
ゴルフを教えてくれたオジサン
せっかく仲良くなったけど、
大損害を与えた下請け業者とはもう
仕事はできないから、これで終わり。
途中降板をすることだって、
これからもきっとあるんだろう。
それが仕事。
無慈悲に、去らないといけない立場。
私は、帰省中の次男と
ビールを飲みながら
一連の話を聞き、
ちょうど二年前の今頃
地元公務員の採用試験を受け合格したのに
辞退をして
じいじにこっぴどく叱られたことを
思い出しながら、
「こっちで公務員をしていたら
今頃はちょうど一年、仕事にも慣れて
夕方まだ明るいうちに帰ってきて、
こうして毎晩ビール飲んで
のんびりしてたかもしれないわねぇ。
その方が良かった?
今からでも遅くはないわよ?
じいじは、
本社に戻るのでも地元に帰ってくるのでも
喜ぶと思うわ。」
と言いましたが、
次男からの返事はありませんでした。
私は、次男が今の段階で
故郷へのUターンを考える子でないことは
知っています。
「地元公務員合格を辞退までして
選んだ会社なら、
どんな山中や離島に配属されようが
どんなしんどい仕事だろうが
最低3年は頑張りなさい。」
と言って送り出した昨春でした。
次男が選んだのは、
そういう仕事なんですから。
家族がどう言おうと、あの時
本人が選んだんですから。
だけどね。
私が何か発言することで、
次男の気持ちを揺らしたくは、ない。
私は帰省中
それ以上のことは聞きませんでした。
話は戻ります。
東京、6月下旬。
本社へ戻ることを言い渡され、
11ヶ月間通い続けた仕事場に行くのも
残り数日となった頃。
途中降板をする次男にはもう
することがありません。
あとは、
11ヶ月間お世話になった方々に
挨拶をするだけ。
次男は、11ヶ月間使った
デスクやロッカーを片付けて、
荷物を本社に持っていくため
カーシェアリングサービスを予約して
段ボール箱を運ぶ準備をしていました。
あと、5日…
あと、4日…
あと、3日…
すると、本社から上の人が来て
次男に言いました。