次男がいない日。



母からの頼まれ事があって実家に行き、
ついでにご飯を食べてきました。


いつもは
妹が仕事から帰るまで実家に預けられている
6歳の甥っ子がいますが、
お盆休みでおらず



実家には、
父と、母と、私だけでした。





やかましい甥っ子がいないだけでなく、
次男もいない、
両親の他にいるのは私だけ、
・・・という、なかなかない機会には
父が決まって
話し始めることがあります。




「・・・ソウイチロウは帰ってこんのか?」





え?え?だいがくのおにいちゃんのこと?
おにいちゃんがなに?
…と騒ぎ立てる甥っ子がいる時は
もちろんこんな話は絶対にしないし


少なからず長男のプライドや立場を
守ってあげたいのか、
次男の前でも絶対にしない、



長男の近況を、
じいじは聞きたがります。





G.W.や春休みは言わないけれど、
お盆やお正月まで
長男が姿を現さないことには
まだ慣れないようで


帰省することを当たり前に思っている父は
そう言いました。




「ハハッ!
帰ってくるわけないじゃん笑」

しんみりしないように
私はいつも笑い飛ばします。




「忙しいんか?」



母が、遮るように
「アルバイトがあるのよ~
あの子、バイトしてるんだって」



時々、長男についての情報を
話しておく母は、
少しだけ長男の近況も知っているけど、
父から聞いてこない限りは
母も話はしていないようです。




ご飯を食べながら
「就職は、・・・」
「バイトも、・・・」
言葉尻ははっきりしないけど、



まだまだ先の、いつかの就職を
心配しているようでしたし、
まあ、こんな田舎のことではありますが
それなりの地位や名誉も得たじいじには
可愛い初孫に
してほしくないバイトや
あってほしくない暮らしも
あったりします。



あの子は
まだ、帰れないよ



そう言う私の、
言いたいことの意味がわからなかった父は
なんで?と怪訝そうな顔をしました。



「イイお土産話がなければ
あの子はここに顔を見せられないと思うよ」



それが何を意味するのかを
理解した父は、
「フッ・・・」と
笑い、
それ以上何も聞きませんでした。



“イイお土産”
それについては
私も説明はしませんでした。





じいじやばあば、
私が望む“イイお土産”と


長男自身が持って帰りたい“イイお土産”は


もちろん、
まったく違います。





毎年、夏休みも半分が過ぎた頃
夏だというのに
真っ白な肌をして、


実家に上がるとすぐに
じいじが新聞を読んでいる和室の襖を開け
正座をして
ちょっと冷たい、知的な顔で
「ただいま帰りました」と静かに言いながら
眼鏡の奥からじいじを見る長男に


じいじもまた
「ああ、帰ったか」と
新聞から少し顔を上げて静かに言い、
チラリと長男を見る



父の威厳に満ちた顔つきと静かな声、
臆せず座る長男の
堂々とした表情と
挑むようなまっすぐな声が交差する
その瞬間はまるで、
荘厳の王者と若手棋士の対局のようで、
私は、その瞬間が大好きでした。



次男はいつもすかした態度で
ちょっととぼけたじいじを
半笑いで相手にしながら
スマホのレクチャーをし、
6歳の甥っ子にすれば
甘いばかりのじいじなんて
もう『下僕』のように
わがまま放題、



きちんと態度を正して接するのは
長男だけなので、



じいじにとっても
初孫の長男は“正統派”
他の孫達とはちょっと違うようです。



だからこそ



長男は
“スーパースター”の姿で
じいじの前に現れたい。



私は、長男のその気持ち、気概が
痛いほどわかるので



私達が望む“お土産”が
そうでなかったとしても、
私は、長男の気持ちを尊重したい。



長男は、
じいじに、
「さすがだな」
「やっぱりあいつは違うな」
と言われたいのです。




そうなるまでは帰れない!
…なんて思う孫を



余計に哀れに思うのか、
余計に可愛く思うのか、



じいじは、
フッ…と笑った後
「なんでそんなこと・・・」と
小さく呟いていました。





8月のじいじは
少し感傷的です。




尊敬してやまない、
じいじのお父さんが亡くなった日


その命日に生まれた私



この世に受ける生、
繋いでいく命、
「しみじみ考える月間」のようですから笑、
絶賛物思い耽りキャンペーン中!!笑い泣き




だから
長男の、
「ただいま帰りました」という声を
やっぱり今年も聞くことはないのだ
…と気づいた今月のじいじは



何かが欠けているようで、
何か満たされていなくて、



いつもに増してしんみりしていました。









じいじ、待っててね。
あんなに社会性に欠けた、
高慢で、甘えた長男が、
「俺に赤い経験なんて必要ですか」
なんて言ってたあの子が
アルバイト一生懸命してんだって。
笑っちゃうよね。
大人になるのがすごくすごく遅かったあの子は
今、初めて、
繋いでいたお手々を離して、
拙いながらも自分で何とかしてみようと
頑張ってんの。
ごめんね、じいじ。
私がちゃんと教えてこなかったこと、
あの子に足りなかったことが
今になって露呈してしまった。
あの子は、じいじや私の
スーパースターで在り続けたいらしい。
しょうもないプライドだね。
でも、わかってやってね。




暑い暑い晴れのくにの真っ青な空の下で
時々は
祖父母のことをふと思い出して
苛むこともあると思うよ。
「じいじ、俺のこと怒ってるだろうなぁ」って
怖いんだと思う。
帰省しない理由もわからないじいじは、
そんなこと思ってないのに。
許してやってね、じいじ。




ごめんね、お父さん。