アナログ絵師で映画スターからお笑い芸人、ミュージシャンなどや車、バイクなどの乗り物と、なんでも描きます。
ブダ城の外に出て街に行くため細い道を進むまるでモンマルトルの丘を思わせるような階段途中、花なども咲いてました
ブダ城の中から見える通り城内に置かれていた人形城内から外へ出てまた街を散策しました
ブダ城の中に入りました 城の内部が写真撮影禁止だったので城から窓の外のみ撮影となってしまいました 城壁は崩れないように当時の工夫がされてます
ブダ城を下から見上げるベランダには国旗と紋章が掲げられてました一部修復中でテントに絵が描かれてました今までどこの国の世界遺産建築物を見に行ってもかならずどこか一部修復作業されていることが多いです
ブダ城にいた兵隊さん?警察官?ブダ城からもドナウ川が展望できましたいかにも城の門といlた 感じでドラクエにも出てきそうな雰囲気!
ブダ城の石の壁にあるこのようないくつもある大小の穴は何だと思われますか・・・?えぐられたような大きな穴!第二次世界大戦での戦いにおいていたるところに残されている銃弾の傷跡なんですね
ブダ城と花城の庭園に咲いてた花です4月中旬に来たので時期的にも良かったと思いますただ、非常に寒かったです
17世紀にブダ城はオスマン帝国の攻撃において破壊されましたが18世紀にハプスブルク家の支配によって再建されたそうです19世紀には火災によって被害を受け後に修復されました何度も壊されてきた城も現在は世界遺産として登録されています
ブダ城と敷地内の像です14世紀になるとブダ城はラヨッシュ1世によりゴシック様式の建築へと改造されたそうです木造から石造りへそしてゴシック様式へと何度も造りかえられてきた城のようです
ドナウ川の向こうに見えるのがブダ城です大昔は木造建築だったそうですが1241年、モンゴル軍との戦いにおいて破壊された城をベーラ4世によって石レンガなどの建築で復興されたそうですその後も何度か様々な被害を受けながらも修復されてきた城です多くの戦いの傷跡を残した城でした
マーチャーシュ聖堂の中へハンガリーは1541年にオスマン帝国に支配され聖堂もイスラム教のモスクとなり壁なのど壁画も上から白く塗られてしまったそうですが後の戦いで壁の一部が剥がれ落ちたところそこにマリア様の絵が現れてオスマン帝国は敗北となったそうです。もとに戻った聖堂もやがて第二次世界大戦の被害を受ましたが後に修復されたそうです。
引き続き、マーチャーシュ聖堂の写真この聖堂ではハプスブルク家の最後の皇帝カール1世の戴冠式が行われましたその後、歴代国王たちの戴冠式も行われてきたそうですそしてマーチャーシュ1世の結婚式もここで行われたそうです
マーチャーシュ聖堂と塔13世紀中頃にベーラ4世によって建てられた大聖堂です。後にマーチャーシュ1世によって1479年に建てられたのが塔で今ではマーチャーシュ聖堂と名前がついたようです
三位一体の像をバックに花を撮りました三位一体の像を見たら次はマーチャーシュ教会へ教会の屋根の模様が綺麗です周囲をぐるっと回ってどこから見ても目につく圧倒的な教会でした
漁夫の砦で見かけた犬と散歩する少年三位一体像の前で一休みする親子砦内を優雅に走るハーレー・ダビットソンのエレクトラグライドノーヘルで乗っても大丈夫のようですハンガリーのハーレー代理店
漁夫の砦にある三位一体の像 この像も存在感があり、遠くからでも目につきます。 高さがかなりあるので、昔の人はどうやって石像を上げて載せたのでしょうか? この周辺もよく人が集まる場所でした。↓こちらも三位一体像の記事ですhttp://ameblo.jp/ah64apache/entry-10909085493.html
漁夫の砦から見える国会議事堂です。漁夫の砦内で注目を集めてた鷹かなり大きい!よく飼い慣らされてる様子でした。お口モグモグ・・・何か食べてるのかな?
漁夫の砦の広場にある聖イシュバーンの騎馬像です。10世紀末、キリスト教を国の宗教と定めた国王の像です。この広場には人もいっぱいで大道芸人や芸術家などでにぎやかです。漁夫の砦だけあってなぜかお寿司屋さん!
ブダペストのペスト地区にある漁夫の砦内です。砦にある塔の屋根の形は遊牧民だったマジャール人のテントを表したものだそうです。塔の数は全部で7つあります。マジャール人の7部族を意味して7つの塔を建てたそうです。
ブダペストの漁夫の砦です。1895年から1902年にかけて市街美化の一環として建てられたそうです。近くに魚市場があったとかあるいは漁師の組合が守ってたと諸説あるようです。円柱の塔にとんがり帽子のような屋根が特徴的で観光名所の1つになっています。