長年住んだ家から賃貸への引っ越しが完了しました。
それと同時に妹夫婦たちも夫の実家、熊本へ出発しました。
我が家族は今月それぞれの新たな人生へ旅立ちです。
今のところ私は新居で生活しつつ朝は元の家に行き、後片付けを少しずつして午後にはまた新居に戻って整理整頓をしてから夕飯、風呂、リラックスタイムのペースです。
新居には小洒落たカウンターがあって、思わず飲みたくなる雰囲気満点!
最近はAmazonで購入したショートソファと電気スタンドを設置してディナータイムも楽しんでいます。
風呂上がりもここでJAZZを聴きながらビール🍺を飲むのが日課になってます。
楽しむ反面、今まで住んでた家の家具や日常に使ってた物を処分してると寂しい気分になります。
特に母の物を捨てるのがとても辛い!
母は今、緊急搬送された病院から別の病院へ転院いたしました。
担当医との相談で本人の希望でもあった延命治療はしないでほしいと言うことで点滴のみの生命維持でこの先もそれほど長くは持たないが、やむおえず転院が決まったわけです。
その転院先の隣りにも同じ系列の介護施設があり、そこには叔母、つまり我が母の実の姉が入院していて、転院した院の責任者さんに相談して叔母を車椅子に乗せて母の病室まで運んでもらい、面会をさせていただきました。
9人兄弟だった母たちも今では姉妹2人と弟2人だけになりました。
せめて最後に姉妹だけでも特に長年会ってなかったから会わせられて良かったと思います。
新居から駅が近いので電車での移動がとても便利!
マナカカードというのを買ってみました。これは便利!
ここから電車と地下鉄の乗り換えで母への面会に行ってます。
初めて電車でトライしたら面会時間より1時間早く着きすぎてしまったので病院の隣りの公園で缶コーヒー飲みながらベンチに座って思い出にふける。
実は今まで住んでいた家の町は自分が小学2年に引っ越して来た町で、幼少期から小2までこの病院のあった辺りに住んでいました。
まだ妹も生まれてなかった頃、母と2人で歩いて買い物をし、市場の中のうどん屋さんで天ぷらうどんを食べたな〜と思い出してました。
あの頃はまだこの辺も田んぼが多く、田んぼの畦道を歩いて往復してたけど今ではすっかり変わりました。
その後、母との面会では初日は何とか会話ができましたが今週2回目になると酸素吸入マスクでの息も苦しそうに「ヨ、ク、キ、タ、ネェー」と小声だったので耳を近づけないと聞き取れませんでした。
こちらの担当医の話では
「左足のつま先が既にミイラ化が進んでいて汁状のものが滲み出てきてるので足にオムツをさせていただきました」
「それと骨粗鬆症により腰椎骨折と体全体の皮膚が弱くなっていて触れただけで皮膚がめくれてしまうので寝巻きを体前面から羽織らせていただきました。」
点滴の管も首からの注入になってました。
人は誰でも歳をとり、誰もが死を迎える。そんな思いを今実感しています。
自分の母だけでなく、病室相部屋の患者さんたちも母と似たような状態でした。
母は二度と家には帰れません。
そんな思いを噛み締めながら毎日、実家の片付けをしています。
さらば我が思い出の家!
さらば妹よ!
さらば最愛の母!
最近、引っ越ししてから聴いてます。
目の見えなかった父と寝たきりの母を一人で介護し、約10年近く頑張ってきたけれど、今介護から解放されて自分だけの時間を過ごしてみるとホッとした気分と寂しい気分もあります。
でもこれからは新しい人生の始まり!やりたいことをやるぞー!
新居の周辺は、何といっても駅が近い!大きく新しい総合病院が近い!マック、KFC、ほっともっと、ダイソー、セリエ、うどん屋さん、ロイヤルホスト、吉野家が近い!今まで介護のために料理してきたけど今では外食を楽しんでます。
冷蔵庫も買いました。




