2026シーズン、HCを務めました山本です。
EAGLESに関わってくださっている全ての皆さま、日頃よりさまざまなかたちでEAGLESを支えてくださり、本当にありがとうございます。
皆さまの温かいご支援のおかげで、今シーズンも最後まで戦い抜くことができました。
そして私事ではありますが、2026シーズンをもって、青山学院大学男子ラクロス部のコーチを退任させていただきます。
直接ご挨拶できていない方には、このようなかたちでのお知らせとなってしまい、申し訳ありません。
何の縁も所縁もなかった私を2022シーズンから受け入れていただき、気づけば5年。
本当にたくさんの経験をさせていただきました。
最後のブログなので、青学で何を成し遂げたのか。何を残せたのか。
そんなことを書こうと思っていました。
でも、いざ書こうとすると、なかなか書けませんでした。
たぶん今の私には、まだ答えがないからです。
むしろ、この5年間で答えより問いが増えました。
だから最後くらい、無理に答えを出すのはやめようと思います。
5年間コーチとして関わったEAGLESの歴史の語部として、この5年間で見たこと、考えたこと。
そして、今も分からないこと。
少し長くなりますが、書き残しておこうと思います。
1.僕が青学で成し遂げたかったこと
青学のコーチになった時、僕はとにかく勝ちたかった。
青学を強くしたかった。
それが「=日本一」だったのかは分かりません。
でも、
青学はもっとできる。
このチームのポテンシャルを最大限に引き出したい。
そう思っていました。
僕は早稲田でコーチをしてきて、
「早稲田でやってきたやり方なら、他のチームも強くできる」
と、どこかで思っていました。
それを証明したかったのかもしれません。
だから、青学を強くするというチャレンジがしたかった。
青学にはポテンシャルがありました。
人数。
大学の規模。
歴史。
そして、「All Box Member」という理念。
あとはやり方さえあれば強くなる。
当時の僕は、そんなふうに考えていたのだと思います。
そして、早稲田にいた時から僕の中には、もう1つの想いがありました。
「個人に依存せず、勝ち続ける組織や文化を創りたい。」
誰か1人のスーパースターがいるから勝つ。
すごいHCがいるから勝つ。
そうではなく、
人が変わっても、代が変わっても、
「強く在り続けるチーム」を創りたい。
それが、僕が青学で実現してみたかったことでした。
2.僕がずっと大切にしていること
青学に来た2022年のブログで、僕はこんなことを書きました。
「あなたの100を出すことに価値がある」
100人で「100」という力を分け合うのではない。
一人ひとりが、それぞれの100を出す。
試合に出る選手も。
出られない選手も。
スタッフも。
コーチも。
そこにいる全ての人に、その人にしか果たせない役割がある。
一人ひとりの100が集まった時に、チームとして大きな力になる。
僕は本気でそう思っていました。
これは、青学に来て突然生まれた考えではありません。
早稲田にいた頃から大切にしてきたことと、青学にあった「All Box Member」が、自分の中で重なったものでした。
だから、
「青学を強くしたい」
という想いと、
「一人ひとりの可能性を最大限に引き出したい」
という想いは、
僕の中では別々のものではありませんでした。
むしろ、
一人ひとりの100を引き出すことが、チームを強くする。
そう信じていました。
この考えが、この5年間でどうなっていったのか。
ここから少し、僕が見てきたEAGLESの話をさせてください。
3.青学の語部(かたりべ)として
青学を退任する前に、残しておきたいことがあります。
チームには、結果だけを見ていては分からない物語があります。
2部残留。
1部昇格。
2部降格。
1部残留。
勝利。
敗戦。
結果は記録として残ります。
でも、
その裏側で誰が何を考え、
何に悩み、
何を選び、
何を次の代へ渡したのか。
それは、誰かが語らなければ少しずつ消えていきます。
僕は青学の歴史の全てを知っているわけではありません。
それでも、この5年間、青学の中にいた人間として見てきたものがあります。
1人の「青学の語部」として、僕が見てきたEAGLESを少しだけ残しておこうと思います。
2022 石田組
僕が青学に来て、初めて出会ったのが石田組でした。
主将・石田裕士。
圧倒的なバイタリティとラクロスの実力をもった主将でした。
2017年の早稲田の主将・秋山を感じさせるような雰囲気がありました。
そして、ひろしを囲む、実力と経験を持った部員たち。
「あぁ、きっとこのチームは変わるんだろうな」
直感的にそう感じました。
でも、その1年にはたくさんのことがありました。
活動停止。
主将をはじめとする主力の離脱。
全員がベストパフォーマンスで活動し続けることができれば、間違いなく1部昇格ができる。
そう思っていた代でした。
でも、それは叶いませんでした。
この時、強烈に感じたことがあります。
学生ラクロスは、ウイイレではない。
能力の高い選手を10人揃えれば勝てるわけではない。
正しい戦術を導入すれば勝てるわけでもない。
人がいて。
関係があって。
組織があって。
文化がある。
勝ち続ける強さの根底には、組織の力がある。
そう感じさせられたシーズンでした。
それでも、ひろしをはじめとする4年生たちは、心身ともにボロボロになりながら、次の青学に何かを残してくれました。
「防具を綺麗に並べる」
「集散を早くする」
それが本当に必要なのかは分かりません。
でも、チームの中に少しずつ「当たり前」が増えていきました。
そして、
「部員や組織と向き合い続ける」
という種が生まれたシーズンだったように思います。
――――――――――――――――――――
リーグ初戦を終えた後、ひろしが親指を骨折しました。
リーグ戦は、ほぼ絶望的。
それでも次の日、横国で行われた1年生練習で気丈に振る舞うひろしの姿がありました。
全体の前でひろしは骨折についても、これからの青学についても、直接的に話した記憶はありません。
でも、あの時のひろしの姿が1年生に与えた影響は、決して小さくなかったと思います。
帰り道、よく分からない駅まで一緒に歩きながら話したのも、今ではいい思い出です。
僕は励ますことに必死で、何を話したのかはほとんど覚えていません。笑
2023 浜野組
長年青学を率いてくださったウルフさんから、HCを引き継ぎました。
前年の石田組は人数も多く、実力も経験もありました。
一方で浜野組は、公式戦の出場経験がある選手がほとんどいない状態でした。
4年生は個性豊か。
「この学年、本当に1つになれるのか?」
もしかしたら4年生自身が、1番そう思っていたのかもしれません。
僕からすると、2018年の後藤組から2019年の青木組に変わった時の早稲田に、どこか似ていました。
石田組での経験から、僕はラクロスを教えることだけではなく、
「組織を強くする」
ことを強く意識するようになりました。
主将、副将、スタッフリーダーとの月1回のコーチング。
個人と向き合う。
チームと向き合う。
しんちゃん、たいち、ゆかを中心に、一人ひとりの部員と向き合い続けてくれました。
きっと、心が折れそうになった瞬間は何度もあったと思います。
それでも最後まで逃げなかった。
本当に感謝しています。
そんな中、ゆかが言いました。
「このままいい感じで終われるかもしれないけど、このまま終わりたくない。」
その言葉をきっかけに、4年生が4年生に向き合う場を創りました。
とても豊かな時間でした。
それぞれが、それぞれに自分を表現する。
浜野組に残された時間、自分たちはどこに向かっていくのか。
それを確かめる時間になりました。
もちろん、それで全てが解決したわけではありません。
その後も課題は何度も出てきました。
そのたびに、しんちゃんを中心に逃げずに向き合い続けました。
そして、入替戦前の決起会。
1人の選手が自分の殻を破り、みんなに正直な自分の声を届けました。
そして、みんながその言葉を真剣に受け止めた。
これまでの青学だったら、違う反応になっていたかもしれない。
違う空気になっていたかもしれない。
でも、あの瞬間。
そこにいる全ての人が、その人の言葉に真摯に向き合っていました。
その光景を見た時、
「あ、このチームは変わった」
と思いました。
そして、入替戦は勝てると思いました。
他にもたくさんの思い出があります。
合宿の明治戦。
そうしのGBに本気でキレるためだけにタイムアウトを使ったこと。
悩めるスタッフと語り合ったこと。
昇格が決まった瞬間、みんなが駆け寄っていったあの風景。
はすの育成専任コーチ就任。
くらやしょうもんの応援団長。
神がかっていた、おみちゃんの実況。
ラクロスのプレー以外でも、
「青学に関わる全ての人に、今日の勝利につながる役割が必ずある」
そう感じる瞬間がたくさんありました。
それはきっと、
「All Box Member」
の1つの姿だったのだと思います。
石田組で生まれた、
「向き合う」
という小さな種。
浜野組は、その種を蒔いてくれました。
2024 那須組
8年ぶりの1部。
そこには、早稲田で1部を戦っていた時の僕には見えていなかった世界がありました。
フィジカルの差。
人数の差。
そして、
歴史の差。
今まで存在するとも思わなかった差が、たくさんありました。
でも、那須組について1番残っている感情は、別のものです。
ともに居続けられなかった。
2024年はBOX日本代表の活動があり、青学を離れることが多いシーズンでした。
僕は、
「個人に依存せず、勝ち続ける組織や文化を創りたい」
という青学に来た時からの想いを考えれば、これはむしろいい機会なのではないかと思っていました。
自分がいなくてもチームが進む。
他のコーチや学生に、思い切って任せる。
そうすることが、組織を強くすることにつながる。
そう考えていました。
でも、那須組の最後の試合である入替戦のアップ中、
それまで抑えていたものが突然押し寄せてきて、涙が止まらなくなりました。
なぜあんなに涙が出たのか。
今でも、うまく説明できません。
ただ1つ分かるのは、
もっと一緒にいたかった。
もっと一緒に悩みたかった。
もっと一緒に戦いたかった。
ということです。
那須組のみんな。
本当にごめんなさい。
一方で、1年間、1部の舞台で戦って強烈に感じたことがあります。
それが、
「歴史の差」
でした。
個人の経験だけではありません。
組織として何を経験してきたか。
それが勝負に大きく影響する。
試合前から相手のネームバリューにビビる。
苦しい展開になった時、勝ち続けてきた歴史が踏ん張りをもたらす。
シーズンをどう戦い抜けばいいのかを、組織が知っている。
挙げればキリがありません。
そして思いました。
歴史の差は、歴史を積み重ねることでしか埋められない。
だから、1部に居続けることには意味がある。
強い青学で在り続けるためには、1部に居続けなければいけない。
そして、そのためには選手だけではなく、組織そのものが強くならなければいけない。
これは、大人の役割でもあります。
OBGの皆さん、力を貸してください。
これからの青学には、皆さんの力も必要です。
那須組のみんなは、本当に苦しい1年を過ごしたと思います。
でも、君たちが1部で経験したこと。
苦しんだこと。
負けたこと。
その全てが、後の青学の礎になっています。
いつも言っているけれど、
みんなが歯を食いしばってくれたから、今がある。
本当にありがとう。
2025 住友組
2年生の頃から起用し続けてきた選手が、多く残った2025シーズン。
正直、昇格は間違いないと思っていました。
そして、この頃から僕の意識は、少しずつ
「自分が勝たせること」から「次へつなぐこと」
に向かい始めていました。
HCを続ける中で、
「強く在り続ける青学」を創るためには、青学OBGがたくさん関わっていることが必要だ
と思うようになりました。
僕のような外部の人間が入って、瞬間風速的に結果を出し、「強い青学」を創ることはできるかもしれない。
でも、それだけでは「強く在り続ける青学」は創れない。
人が育ち、
その人が次の人を育て、
また青学に帰ってくる。
それが青学の中で循環していかなければいけない。
そう思うようになりました。
そこで、次につないでくれる人を探しました。
再会したのが、れんやでした。
れんやは、後藤組DFリーダーであり、現明学のDFコーチであるぜきさんのような雰囲気がありました。
ラクロスへの理解がある。
マネジメントもできる。
そして何より、住友組の育成に関わっていた。
今しかない。
そう思って、HCを打診しました。
本人は「DFコーチくらいかな」と思っていたはずなので、相当驚いたと思います。笑
でも、引き受けてくれました。
一緒に活動した2年間を終えた今、
れんやにお願いして、本当によかったと思っています。
ありがとう。
でも、無理しすぎないでね。
(ちなみに、僕が青学のコーチになろうとした時、オンラインで僕を面接したのもれんやでした。あの時、不合格にされていたら、この5年間はありませんでした。今考えると、あの頃かられんやらしいエピソードだなと思います。笑)
立場としてはダブルHCでした。
でも僕自身は、U20のHCを務めていたこともあり、かなりの部分をれんやに任せていました。
だから、那須組までと比べれば、チームの奥深いところまで僕が把握していたかというと怪しい。
例年に漏れず、チームにはいろいろな問題が起きました。
そのたびに、れんやや住友を中心に真摯に向き合ってくれました。
苦しい。
面倒くさい。
できれば避けたい。
それでも、向き合う。
石田組、浜野組、那須組と続いてきたものが、
少しずつ「文化」になってきているように感じました。
試合の中でもそうでした。
「GB」
「フルフィールド」
「ここにいる全ての人に、今日の勝利に対する役割が必ずある。それを全うする。」
僕たちが何度も言ってきたことを、
僕が言わなくても、みんなが当たり前に求めるようになっていました。
これまでみんなが蒔いてきた種が、
少しずつ芽を出し始めた。
そんな感覚でした。
そして、れんやが戻ってきたことをきっかけに、たくさんの人が青学に戻ってきてくれました。
本当に嬉しかった。
「強く在り続ける」ということは、もしかしたらこういうことなのかもしれない。
そんなことを、少しだけ思いました。
2026 丸野組
2026シーズン。
またダブルHCになりました。
(ダブルHCって、普通1年な気がするけど……。笑)
みんなには黙っていて申し訳なかったけれど、シーズンが始まる時には、僕の中では今シーズン限りと決めていました。
「もう自転車こげてるのに、いつまでも補助輪をつけている必要はないよね。」
そんな感覚でした。
青学に来た時の志を達成できたのか。
そう聞かれたら、まだ分かりません。
でも、
今なんだろうな。
そんな感覚がありました。
丸野組は「FINAL4」を目標に掲げました。
もちろん、僕もそこにコミットしました。
でも個人的には、
「1部残留」
は絶対でした。
それが僕にとって、「次につなぐ」ために絶対に必要なことだったからです。
れんやは、さらに進化しました。
「全員1on1」。
そこまでやるか。笑
自分を超えられたと思いました。
そして、れんやの熱量に学生がついていった。
もう、僕が言うことはほとんどありませんでした。
ひろしが帰ってきた。
ぽこも帰ってきていた。
3人が自信をもってコーチをしている。
それも僕にとっての「次につなぐ」ことの1つでした。
何でもやりました。
その結果、ほぼOFコーチにもなりました。
(OF、難しすぎる……。笑)
凄みを増したれんやと、
これまでの青学の歴史を受け継いだ丸野が、
真摯にチームに向き合い続けました。
2026年も、いろいろありました。
でも、そのたびに過去の経験がチームを支えてくれました。
そして1部リーグが始まりました。
チームはリーグ戦を通して成長し続けました。
そして、一橋戦。
勝てば残留が大きく近づく試合。
そこで、丸野組として1番のパフォーマンスを見ました。
これまで築いてきた「歴史」と「当たり前」が、チームを安定させる。
ここぞという場面では、丸野組が1年間向き合い続けた課題が武器になる。
そして、その舞台の中で、多くの選手が殻を破っていく。
最後には、
青学そのものが、1つ殻を破った。
嬉しかった。
試合を見ながら、
「こういう時って、負けないんだよなぁ」
と思っていました。
毎年、ああいう試合を1つずつ経験しながら、チームは強くなっていくんだと思います。
みんな、あの瞬間を忘れないでください。
結果として、「FINAL4」という目標には届きませんでした。
でも、最低限の仕事は果たせたかな。
そして、丸野組が破った1つの殻は、
EAGLESという木の幹に、1つの年輪を増やした。
幹が、ほんの少し太くなった。
そんな感覚があります。
4.「歴史を紡ぐ」ということ
5年間を振り返って、強く思うことがあります。
チームは、毎年ゼロから始まるわけではない。
ということです。
誰かが悩んだこと。
誰かが失敗したこと。
誰かが勇気を出したこと。
誰かが勝ったこと。
誰かが負けたこと。
誰かが残した言葉。
その全部の上に、次の1年があります。
石田組が残したものが、浜野組を支えた。
浜野組が向き合ったことが、那須組へ渡った。
那須組が1部で味わった苦しさが、その先の青学を支えた。
住友組で、それまで蒔かれてきた種が芽を出し始めた。
そして丸野組が、1つの年輪を刻んだ。
もちろん、そんなに綺麗な物語ではなかったと思います。
その間には、たくさんの失敗があった。
傷ついた人もいた。
チームを離れた人もいた。
僕たちが気づかないところで、苦しんでいた人もいたかもしれない。
それでも。
その全てを含めて、今の青学があります。
歴代のブログを読み返すと、
「役割」
「向き合う」
「信じる」
「基準」
そんな言葉が何度も出てきます。
僕が教えたなんて言うつもりはありません。
もともと青学にあったものかもしれない。
彼ら自身が悩み、苦しみながら見つけたものかもしれない。
きっと、その全部なんだと思います。
僕は、
「勝つことで伝統は創られる」
と教えられてきました。
それも、きっと正しい。
でも、青学で5年間を過ごして、少し違うことも考えるようになりました。
1年1年、
自分と向き合う。
仲間と向き合う。
チームと向き合う。
そして、戦い抜く。
その積み重ねによって歴史は紡がれ、次の代へ渡っていく。
1本の木が、少しずつ幹を太くし、年輪を刻んでいくように。
それが長い時間を経て、
いつか「伝統」と呼ばれるものになるのではないか。
今は、そんなふうに思っています。
そして青学には、
「All Box Member」
という豊かな土と、根っこがあります。
2027シーズンを戦うみんな。
そして、まだ出会ってすらいない、これからのEAGLESのみんな。
これまでの先輩たちが向き合い、戦い続けてきた歴史に誇りをもってください。
でも、過去に縛られる必要はありません。
僕たちのやり方を守る必要もありません。
必要なら、どんどん壊してください。
ただ1つ。
自分たちが立っている場所が、誰かが本気で過ごした時間の上にあること。
それだけは、忘れないでほしい。
そして、自分たちなりのEAGLESを創ってください。
それは日本一という結果なのかもしれない。
部を存続させることなのかもしれない。
誰もがここにいたいと思える、魅力的で豊かな組織を創ることなのかもしれない。
答えは、僕には分かりません。
その時そこにいるみんなが、考えればいい。
向き合って、
戦って、
また1つ、年輪を刻んでください。
5.青学を離れる僕が「向き合い」続けること
ここまで書くと、
5年間かけて青学が少しずつ強くなっていった。
そんな綺麗な物語に見えるかもしれません。
でも、そうだったことだけを書いて終わりたくはありません。
この5年間で、部員数は減りました。
新歓では、目標としていた人数に届かなかった年もありました。
入部してくれたけれど、途中でチームを離れた人もいました。
もちろん、その理由を僕は全部知っているわけではありません。
人が部活に入る理由も。
続ける理由も。
辞める理由も。
きっと、そんなに単純ではありません。
だから、
「部員が減った=人を大切にできなかった」
と結論づけるつもりはありません。
でも、
「仕方なかった」
だけで終わらせたくもありません。
僕は本当に、一人ひとりを大切にできていただろうか。
僕が「大切にしている」と思っていたことと、
一人ひとりが「大切にされている」と感じることは、
同じだっただろうか。
僕はずっと、
「あなたにしか果たせない役割がある」
「あなたの100を出すことに価値がある」
と伝えてきました。
でも、その人自身が、
「自分にはここにいる意味がある」
と思えるチームを、本当につくれていただろうか。
分かりません。
そして、もう1つ。
僕は、負けるのが嫌いです。
やるなら勝ちたい。
これは、たぶんこれからも変わりません。
一方で、
勝つためなら誰かを置いていってもいい。
勝つためなら誰かが苦しんでも仕方がない。
そんなチームをつくりたいとも思いません。
以前、ブログで、
「部員一人ひとりの幸せを蔑ろにして得た『勝ち』や日本一には、あまり価値はない」
と書きました。
今も、そう思っています。
でも今は、その先のことを考えています。
そもそも、
「勝つこと」と「人を大切にすること」は、本当に別々のものなんだろうか。
一人ひとりが、自分の可能性を信じられる。
仲間の可能性も信じられる。
信じているからこそ、厳しいことも言える。
失敗しても、もう1度挑戦できる。
自分にはこのチームで果たせることがあると思える。
だから、自分のBestを追いかけられる。
そして、
一人ひとりが自分のBestを追いかけることが、
チームのBestにつながっていく。
そんなチームは、つくれないだろうか。
人を大切にすることが、強さそのものになるチームはつくれるのだろうか。
――――――――――――――――――――
青学で過ごした5年間で、
答えより、問いが増えました。
人を大切にするとは、どういうことなのか。
人は、なぜチームに入るのか。
人は、なぜチームに残るのか。
厳しく要求することと、相手を尊重することは、どうすれば両立できるのか。
一人ひとりの成長と、チームの勝利は、本当に同じ方向を向けるのか。
一人ひとりが自分のBestを追うことが、チームのBestにつながる組織はつくれるのか。
そして、
人を大切にすることが、
強さそのものになるチームはつくれるのか。
青学で、その答えを出すことはできませんでした。
でも、それでいいのかもしれません。
青学で答えをもらったのではなく、
これからも考え続けたい問いをもらった。
今は、そう思っています。
青学で生まれた問いの答えを見つけてから退任できたら、すっきりするのかもしれません。
日本一になって退任できたら、もっと格好よかったのかもしれません。
「答えが見つかるまでやりきらなかった」
「日本一になるまでやりきらなかった」
そんな自分を、いつか自分で「逃げた」と思う日が来るかもしれません。
そんな感情があるのも事実です。
それでも、今は
ここだ。
5年間、青学に向き合い続けてきた自分がそう感じた直感も、大切にしたいと思います。
自転車は、もう走り始めています。
転ぶこともあるかもしれません。
それでも、その時は自分たちで立ち上がって、
また走り出してほしい。
僕は青学からもらった問いをもって、また次へ進もうと思います。
6.EAGLESの皆さんへ
EAGLESに関わる全ての皆さん。
改めて、5年間本当にありがとうございました。
一緒に過ごしてくださり、ありがとうございました。
勝った日。
負けた日。
うまくいった日。
全然うまくいかなかった日。
笑った日。
怒った日。
悩んだ日。
泣いた日。
その全部が、僕にとって大切な時間です。
今、EAGLESにいる人。
卒業していった人。
そして、途中でチームを離れることを選んだ人。
関わり方も、過ごした時間も、それぞれ違います。
その人にとって青学で過ごした時間がどんなものだったのか。
それを僕が決めることはできません。
でも、一緒に過ごした時間があったこと。
その時間が、今のEAGLESにつながっていること。
僕は、それを忘れたくありません。
この5年間は、
僕自身の人生にとっても、
ラクロス人生にとっても、
かけがえのない5年間になりました。
僕が青学に何を残せたのかは、分かりません。
でも、
青学から受け取ったものは、たくさんあります。
本当にありがとうございました。
これからも、
EAGLESが、
EAGLESらしく、
強く在り続けることを願っています。
それでは、またどこかで。
山本大介













