歪みの肯定世界の歪みを肯定していること。作品が作品である条件は一言でいうとそれだと思う。もちろん世の中にある作品(を名乗るもの)の大半は歪みを是正しようとしたり、もっとひどいことに歪みなど初めからないような顔をして、人々をその錯覚に巻き込んで安心させるためにつくられている。けれどそうした憂鬱に思える現実もまた作品が肯定すべき世界の歪みの一部である。作品は、それらを真っ向から否定する身振りをとる時でさえ、どこかで最後には肯定している。