おはようございます。

 

いきなり本題から入りますが、

 

世の中の多くの人は、

ゾンビ化しているとか、

ロボット化しているとか、羊化している。

 

と言う言葉を聞いた事があります。

 

これは、理由も無く、同じ方向へ進む人々を

表現した言葉ですが、

 

なぜ、そう言う印象を持ってしまうのか、

これらの言葉には、どんな意味があるのか、

今日はこの言葉について、考えてみたいと思います。

 

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これまでの時代は、脳の旧皮質を中心にした

旧皮質社会だと書いて来ました。

 

旧皮質の特徴は、自分だけの身を守る事が目的ですが、

 

どのように守るのかと言うと、

 

目の前の状況に対して、

 

損得、勝ち負け、優劣、上下、で判断し、

得、勝ち、優、上を得る事で、

身の危険を回避しています。

 

友人同士でも、マウントを取り合うのは、

相手よりも優位に立つ事で、

相手からの攻撃から身を守っているのです。

 

これを0と1のプログラムで考えると、

 

0=損 1=得

0=負 1=勝

0=劣 1=優

0=下 1=上

 

このように、1を求める事が、

旧皮質の機能で、

 

何を持って「1」とするかは、

最初に与えられた情報(条件)を元に、

プログラミングされます。

 

この、最初の情報とは何かと言うと、

それが、「常識」で、

 

常識はテレビやメディアを通じて与えられます。

 

例えば、

 

タピオカを飲む人は、流行に敏感で、

最先端の人である。

 

と言う情報を与えると、

 

0=タピオカを飲んでいない。(劣)

1=タピオカを飲んだ。      (優)

 

と、プログラミングされるので、

人々は、1を求めてしまうのです。

 

このように、旧皮質のプログラムは、

常識に基づいて1を導きだす事を

目的に機能します。

 

しかしそこには、「なぜ」「なぜなら」と言う

道筋はありません。

 

目の前の条件に対してのみ、

判断・反応しているので、

 

このような人々は、ゾンビ、ロボット、羊に見えてしまうのです。

そしてこれが、旧皮質によるプログラミングです。

 

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このような行動は、一見問題が無いように見えますが、

実はこのシステムは、大きな弊害があります。

 

まず、旧皮質の機能とは、

目の前の危険を回避する事で、

人間の生きる道ではありません。

 

つまり、そこに人間らしい優しさや、

人情、思いやり、尊敬、などは存在しないのです。

 

それを司るのは、新皮質ですが、

旧皮質によるプログラミングが強化されると、

神経経路が強化され、旧皮質が新皮質を圧迫し、

旧皮質が自分自身を支配してしまうのです。

 

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世の中には、人の気持ちも考えず、

身勝手な行動をする人や、

嘘をついたり、一貫性の無い事を言う人がいて、

 

そう言う人を「悪い奴」とか「ダメな奴」と呼んだりしますが、

もちろん本人は、自分が悪人だとは思っていませんし、

 

あなたは悪人ですか?と質問しても、

自分の善人ぶりをアピールするだけで、

周囲の悪人をあれやこれやと探すだけです。

 

それはなぜかと言うと、

その人はプログラムに基づき、

シンプルに自分の身を守っただけで、

 

旧皮質の役割から見れば、

それは、正当な判断だからです。

 

しかしそこに「なぜ」「なぜなら」の道筋はありません。

自分が何をしたのかではなく、

自分は1でなければいけない。

ただそれだけです。

 

嘘をつくのも、自分の1を確保するため、

事実を歪めてしまう事ですが、

 

これが、今の政治家の正体で、

彼らは、旧皮質に支配され、

新皮質の機能を失っているのです。

 

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一見、物事を、0と1 で考える事は、

効率的に思えますが、

 

あらゆる状況の中「1」を求める事は、

事実を歪め、周囲や環境に悪影響を

与えてしまうのです。

 

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では、このプログラミングから解放されるには、

どうすれば良いかと言うと、

 

それが、反省、内省、自分を振り返る、自分を見つめる、

と言う行動ですが、

 

これが、人間にとって、

一番大きな壁になります。

 

なぜなら反省とは、

自分の否を認め「0」を選択しなければ

いけないからです。

 

旧皮質の目的は、どこまでも「1」を追求する事。

 

それに対して、反省は「0」を求められるので、

旧皮質にとっては自己否定や自己消滅、

つまり死につながります。

 

そして、この時の自己とは、

本来の自分の事ではなく、エゴを指します。

 

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ここで道は2つに分かれます。

 

一つは、反省に基づき、

新皮質と言う「本来の自分」に進む人。

 

そしてもう一つは、

反省したふりをして、更に自分に都合の良い

物語を創作する人です。

 

この時作られる物語は、

いかに自分が被害者で、いかに周囲が悪人なのかを、

嘘を織り交ぜて繰り広げられる、責任転嫁の物語です。

 

自分を責める事が、反省ではありません。

それは、中国共産党の洗脳手法の「自己批判」です。

 

誰が悪いとか、私は悪くない、と言うのも、

二元論です。

 

私さえ悪ければ良い。と言うのも、

一見自己否定に見えつつ、相手を批難しているので、

二元論です。

 

「反省」とは、「なぜ」「なぜなら」を繰り返し、

物事の道筋を整理・理解する事です。

 

自分を責める事ではありません。

 

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まとめ

 

人間に恐怖心を与える事で、防衛本能が発動し、

安全を求めるために、人は1を求めるようになる。

 

そして物ごとを、0か1かの二元論で判断し、

危険を回避しようとするが、

 

自分だけの1を求める事は、

全体にとって悪循環となり、

社会が混乱するので、

 

人間は、新皮質と言う機能を獲得した。

 

この新皮質の機能は、

物事に、道筋を見出す働きがあり、

 

この機能により、

人は自然の流れに沿い、道理の通った調和した社会を築けるように

発展して来た。

 

しかし、過去2000年間、

キリスト教を中心とする支配者により、

 

人々は恐怖心を植え付けられ、

旧皮質が肥大化し、物質主義、競争社会を生み出したが、

 

今、その支配に気づいた人達によって、

時代は大きく転換の時を迎えている。

 

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本日も最後まで読んでいただき

ありがとうございます。