なんか風邪気味。
動画ばっかり見てる。
足利政権での、応仁の乱の勉強中。
ところで、足利尊氏ってどこから出てきた?
知らんな~。
歴史の教科書では、ザンバラ髪の馬に乗る武者の絵。
そして、建武の新政。
いつの間にか登場して、将軍になった人。
どこから、出てきたか知ろう!
呉座勇一の動画で勉強。
河内源氏の出身。
領地は、栃木の足利市周辺。
北条の鎌倉幕府では、有力氏族。
足利の山の中から、関東平野に出てきた有力氏族。
鎌倉幕府の北条氏に任命されて、後醍醐天皇を倒しに、
京都に上る。
新田義貞は、足利氏の一族。
足利氏は、後醍醐天皇の討幕をつぶそうと京に入ったが、途中で、後醍醐天皇側に寝返った。
弟の高義に、鎌倉を攻めさせる。
足利氏の寝返りで、鎌倉幕府はほろんだ。
ところが、
後醍醐天皇と足利氏は、勢力(金)をめぐってうまくゆかない。
後醍醐天皇が、欲深かった?
足利尊氏は、光明天皇を擁立し北朝を作る。
後醍醐天皇は、吉野に逃れて南朝を作る。
それぞれに支持する勢力があったので、争いが長引いた。
南北朝は、56年も続いた。
3代将軍義満の時代に、足利将軍の力が強くなり、
南北朝は、統一された。
しかし、
派閥争いと内乱は続く。
さらに、足利政権100年に渡って、
地震・大水・大風・干ばつ・飢饉・疫病が次々起こる。
民は疲弊した。
天皇家・公家・諸大名の財政が厳しい。
その中で起きた、畠山氏の家督相続争い。
将軍義政は、親族などの圧力で何度も意見を変えた。
それがまた、家督争いを大きくこじらせる原因となった。
畠山氏は、2派にわかれた。
天皇派・三管領・有力諸大名も、2派に別れて戦った。
京都の西と東に別れて戦った。
地方豪族も2派に別れて戦った。
それは、京都を焼き尽くすほどの熾烈な戦いとなった。
京都を焼き尽くして、東軍と西軍の戦いは終わった。
しかし、不満は両派に残る。
争いは、全国に広がり、長く後を引いた。
地方で力を持った豪族たちは、一族を守るために争いを続け、
戦国時代へと突入してゆく。
ワールドヒストリー研究家の縄文。
世界の歴史は、同期する。
日本の歴史と世界の歴史と合わせて考える。
宇宙の力が、地球の歴史を作ってるかもしれないから。
足利時代、
李氏朝鮮では、太平の時代が続いた。
儒教を国の政策の一つにしていた。
それが窮屈でもあったが、規範とした役だった。
時には、屁理屈として、利用されることも多かった。
国には、宗教・法律・正義が大事。
戦争にも、みなが納得できる名分が必要だと思う。
歴史韓ドラ『根の深い木』視聴完了。
足利時代と並行して、韓ドラを観る。
次は、王女の男。
『六龍が飛ぶ』 初代太祖・2代定宗・3代太宗・4代世宗
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『根の深い木』 3代太宗・4代世宗・5代の世子時代
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『王女の男』6代端宗・7代世祖
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『インス大妃』 6代端宗 ~ 11代中宗