こんにちは![]()
寒さがおさまったと思ったら、次は台風ですか・・・
こんな時期にくるなんて珍しいですよね。
関東などの台風通過圏内の皆さま、どうかお気をつけてください
さて、前回に続きましてなんちゃって歴女日記を書きたいと思います
幕末や歴史に興味の無い方はスルーしてくださいね
また画像が多いので重いかもしれませんので、ご注意してくださいね
斉藤一さんのお墓の後に向かったのは
新撰組局長 近藤勇さんのお墓でした。
お墓自体は天寧寺というお寺に埋葬されてますが、
そこまで行く道のりが結構ありました。
まず
駐車場脇からの細く古い石段。
雨が降ってたら足をずべりそうな気配・・・
また古いので結構な段差もあり、
石もぼこぼこで歩きにくいったら・・・![]()
この石段を登っていくと、案内図があり。
戊辰戦争時の無縁仏や会津藩家老など
会津にゆかりのある方などのお墓があるようで、
ちゃんと記載されているのにちょっと驚きました。
・・・私みたいなミーハーな奴にはとてもありがたいものでしたw
脇にはちゃんと近藤勇さんのお墓についても書いてありました。
そして、ここからちょっと登って行ったら、
舗装されていない山道!!
ハイキングコースですかっ!!
って感じの山道でした・・・
もし行かれる時はスニーカーやトレッキングシューズがオススメですよ!!
一緒に行ったリア友と
「熊がでないといいねー
」
と語り合う始末w
現に会津若松市の隣市で熊が出たという
タイムリーなニュースがやってましたしね
けもの道かっていう道を登っていく途中、
鶴ヶ城が見えるポイントがあったんですが、
鬱蒼と茂ってた木々と
あいにくの曇りだった為見れずじまい
まぁ、見れたとしても、
鶴ヶ城は改装工事中らしくブルーシートだったかもしれませんが。。。
そんな山道をひーひー言いながら10分ほど登ったところに
これが新撰組局長 近藤 勇さんのお墓です
ただし、あくまで伝承ですので本当かはわかりません。
近藤勇さんのお墓はここを含め6か所あります。
そのうちの1つと思ってください。
ここに眠っているのは首だけです。
なぜ首だけしかないかというと、
この方の最後は斬首だったからです。
斬首というと、今でいう犯罪者扱いですね。
当時徳川幕府側に仕えてた新撰組は
反幕府側の人間で荒れていた京都で(その当時の首都)
治安維持の為働いてました。
今でいう警察ですね
その為、反幕府側の人間を取締り、そしてたくさん殺しました。
その中でも有名なのが
池田屋事件
でしょうか。
これ以外にも多々あるんですが、
これらの影響で反幕府側の人間から
相当の反感と怨恨を買ったんですね。。。
そして時代が変わり徳川幕府が滅び、
反幕府側が日本の政権を握ってしまった。
つまり、今まで犯罪者として取り締まってた人間が
日本のTOPになってしまったということですね。
そうなってしまったら、今度は自分たちが追われる身になった。。。
勿論、この間に徳川幕府は大政奉還(幕府の政治的権力を天皇に返還)や
徳川慶喜の征夷大将軍(いわば軍事的実権ですね)辞職などを行い、
反幕府側との戦争を避けようとしました。
(その数年前にペリーが来航し、それきっかけに諸外国が開国を迫ってた為、
国内で荒れてる場合でもなかったなど・・・と色々)
でも、それで今まで弾圧されてきたことをなしにしましょう!
と反幕府側はできなかったんですね。
何かしらの理由をつけて、徳川幕府側勢力を制圧し始めたわけです。
その中でも新撰組はとりわけ名が広まっており、
怒りの矛先として厳重な処罰が待ってたわけです。。。
反幕府側に捕縛された近藤勇さんは
味方の必死の助命嘆願にもかかわらず斬首となり、
その首が京都の三条河原にさらされることになったんですね。
さて、京都にあるはずの首がなぜ遠く会津にあるか?
そこで出てくるのが前日記の主役斉藤一さんです。
この斉藤一さんが遠く京都まで首を奪還しに行ったのです。。。
その内容を書いてある説明書がお墓の隣にあります。
こんな感じ。
また、斬首される前?に最後にうたったと言われる句もありました。
こんな感じですね。
ですが、すでにも書いたとおり、このお墓に眠ってるかはわかりません
当時の戦乱の中、斉藤一さんが会津から京都に行くなんてまず無理でしょうしね。
お墓の隣にある慰霊碑。
これは、土方歳三さん(当時の新撰組副長)が
当時の会津藩主松平容保候に許可を得て
建立したものと言われます。
土方歳三さんは近藤勇さんが処刑されている頃に
会津にて療養中だったので、
処刑の知らせを聞いて建立したんでしょうね。
画像や説明でもお分かりのように、
結構な山道を登った場所にあるのにもかかわらず、
お墓はきちんと清掃されてて、
煙草やお酒などの供物が数多く見られました。
また、私たちの直前に初老のご夫婦が参拝されていて、
今でも多くの人に慕われてる人なんだなぁと実感しました。
ちなみに、近藤勇さんが亡くなられた後も、新撰組は続きます。
仙台へ北上して、最後には函館の五稜郭にて降伏し、解散となります。
個人的には仙台も函館も行ってみたいな~
とまぁ長々となんちゃって歴女日記に付き合って頂きまして、
本当にありがとうございました
また、史跡めぐりなどしたら書きたいと思いまーす
では、みなさんよい週末を!!![]()






