今年は例えば佐々木マンと再会してたくさんLIVEをしたり

facebookというツールでボクを見つけてくださった人がたくさん居たり

10年来の繋がりふたたびということがいくつかあった年でした。


10年前といえばボクは手が麻痺して

ギターを辞めなきゃならないどころか、

チャックを開ける、蛇口をひねる、お皿を持つ、なんてことが出来ずに

日常生活が出来なくなった頃。

今のようにギターや音楽と向き合う日々が来るなんて夢にも思わないほどで、

同時に難は重なり、

帰るところ(実家)がなくなってからもちょうど10年経ちました。

鼻の骨を折られ、麻痺してる手の甲が粉砕するんじゃないかというほど踏みつけられた。

全然痛くなかった。まったく痛みを感じなかった。

その代わりその後何年も心の痛みで苦しむことになった。夢の中で夜な夜なうなされた。何年も。

2年経って手は快方に向かってごろさんからのひさしぶりの電話で

「おぎぴ、コミックジャズやろう」「なんすか?それ」「とにかくコミックジャズや」

という電話で、これはそろそろ“機が熟した”と思い、もう一度ギターをはじめるきっかけとした。

そうやって知恵蔵知恵蔵【ちえくらちえぞう】というバンドが生まれ、即興演奏を始めた。

(もっと以前にごろさんやぴあぴさんなんかと淀屋橋でストリートしてた頃も即興だったけど)

そこでナオユキと栗田さんに出会い、スタンダップコメディと音楽の即興演奏、

それから麻痺していた間空想で書きためた曲をやるべく栗田さんの力を借りて

音・人・旅【おとなたび】に繋がる初めてのリーダーライブや録音もした。

そのあたりから、みんなの知ってるおぎぴーである。

もう音楽以外する気はないね!

けど健康第一だね!


今年大きな決断をして学校の仕事を辞め、

フリーになった時間を活かしてたくさん音楽をしてあちこち行って、

9年前から手の治療で通うことになったことをきっかけに往来することになった東京へ

今年は上京しました。(実家も定職もない身は実際部屋なかなか借りられないんですよ)

でもきっと帰るところがあれば、もっとはやく上京もしてたんだと思います。

(あるいはパリでもニューヨークでもブエノスアイレスでも!昨夜は夢のなかでパリをタクシーで走ってた、まぁ日本がいいですけどね、さておき)

帰るところがあるかないか、それはとても大きなことだと思います。

“着地点(トニック)があるから自由に(ドミナント)なれる”みたいな西洋音楽用語的なことは、人生においても言えると思う。

ところが、帰るとこがない10年、

そんな寂しさも、もう最近はないに等しくなってきた気がします。


根を張ってきたというべきか

開き直ってきたというべきか

やりたいことが増え

やらなくていいことも増え

自分はどんな根をはって上に伸びる植物か分かってきた感があります。


ですので、水と光をください!(笑)みたいな。

仕事ください。


10年一時代と思えば、

来年からは次の10年一時代だと思う。

(直感的には実際は9年サイクル)あくまでボク個人のサイクルでね。

高校生のころ、自分は34歳で死ぬんだきっと、なんて空想してたことを思い出します。

そーいえば、マヤ暦も終わりやったなぁ。


明日が来たら、新しい10年が来た、と思い

新しく初心を持ちたいと思います!


おぎ。