
作品名:『アイスクリームララバイ』
(c)karekizeriko
その昔、今から三十年ほど前、
顔はライオン、体はアイスクリームでできた
“アイスクリームララバイ”というオバケがいました。
“アイスクリームララバイ”はいつも夜になると相棒である一角獣の“ブルン”と供に空を飛び、人間達がいる街にやってきてはアイスクリームを配っていました。
『アイスクリームはいらんかね~?』
そう言って、
疲れた人にはエナジードリンク味。
新しい出発をする人にはさくら味。
騒ぎたいけど大人しくて騒げない人には、弾けるキャンディ味。
誕生日だけど祝ってくれる友達や家族がいない人にはバースデイケーキ味。
包み込む様な安心感が欲しい人にはミルクティー味。
怒りが収まらない人にはミント味。
という風に各々の状況に合わせたフレーバーのアイスを選んで沢山の人に渡していました。
そうする事で沢山の人の心を軽やかにしていました。
それが“アイスクリームララバイ”と“ブルン”の仕事でした。
ある夏の夜の事です。
“アイスクリームララバイ”と“ブルン”がいつもの様に人間の街でアイスクリームを配っていると、
バッリーン‼︎‼︎遠くの方でガラスが割れる音がしました。
音の方へ行ってみると、コンビニエンスストアの外で酔っ払いの中年男がショートカットの若い女性の店員さんにいちゃもんをつけていました。
そして、入り口には粉々になったガラス片が散らばって落ちていました。
『いつもいつもにこにこしやがって!許さねえぞ!わしを馬鹿にしてるのか!このやろう!』
『いや、そんな事は…。』
『店員ごときが偉そうに!わしはお客様やぞ!お客様は神様じゃ!わしが世界で一番偉いんじゃ!従え!殴らせろ!』
怯える店員さんに酔っ払い男は畳み掛ける様に支離滅裂な言葉を投げかけ詰め寄ります。街行く人々は我関せずで見て見ぬふりをして通り過ぎて行くだけで誰も助けようとはしません。
その様子を見た“アイスクリームララバイ”は
『あぶない!あの人殴られちゃうよ!助けないと、行こう!ブルン!』
と言いました。
しかし、“ブルン”は、
『やめとけ、俺は嫌な予感しかしない。』
と憂鬱な顔をして言いました。
『えっ!なんで!どうしたんだよ!ブルン!早く行かないと!嫌な予感って何さ。大丈夫だよ。僕たちのアイスクリームがあればあんなおじさんの怒りなんてすぐに沈められるさ。さあ!』
“アイスクリームララバイ”の言葉に“ブルン”はこう返しました。
『俺たちのアイスクリームの力は、優しい心をほんのすこしでも持っている人間には効くんだ。だがな、あいつは、性根が腐っている。お前は、まだ子どもだから、分からないかも知れないが、世の中には人の心を持たない根っからのクソッタレがいるんだ!そんな奴に俺たちのアイスクリームが効くわけがない!あの娘を助けたい気持ちは分かるが、あの手のタイプの男は無理だ…。』
そんなやりとりをしている間に酔っ払い男は店員さんにどんどん近寄ります。
『さすがにもう、ほっとけないよ!僕は行く!!』
『バカッ!やめろ!行くな!』
“アイスクリームララバイ”は、居ても立ってもいられなくなり、“ブルン”の制止を振り切り、
酔っ払い男の前に立ちはだかりました。
その隙に後から追ってきた“ブルン”が店員さんを保護しました。
『早く俺の背中に乗りな!さあ早く!』
『あ…ありがとう。オバケさん…。』
『おいっ!ララバイ!この場を離れるぞ!』
“ブルン”が店員さんを背中に乗せ飛び発とうとした時、
『アイスクリームはいらんかね?』
“アイスクリームララバイ”が酔っ払い男にアイスクリームを差し出しました。
『何やってんだよ!早く離れろ!』
戸惑い焦る“ブルン”。
『この人だって人の子だよ。心がないわけないよ。大丈夫、僕を信じて!ブルンは、早くそのお姉さんを安全な所へ避難させてあげて!』
『……。わかった。お前がそんなに言うなら、信じてみる……。でも危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ!絶対にだ!いいな!』
“ブルン”は、急いで店員さんを自宅まで送る事にしました。
『ゴチャゴチャゴチャゴチャとどいつもこいつも、俺をバカにしやがって!ふざけるなー!!』
酔っ払い男は、この世の物とは思えないほど醜い形相になり怒り狂いました。そして、“アイスクリームララバイ”の胸ぐらをぎゅっと掴みました。すると、じゅーじゅーという何か蒸発するような嫌な音がしました。
『ぎゃー!熱い!熱い!熱い!熱い!』
“アイスクリームララバイ”は悲鳴をあげ、すぐに手を振りほどきました。それは、凄まじい程の怒りの熱でした。
“アイスクリームララバイ”の体は、少し溶けてしまいました。
『アイスクリームはいらんかね?』
『いらんわ!ボケェ!』
『アイスクリームはいらんかね?』
『わしを誰だと思ってんだ!ボケェ!』
『アイスクリームはいらんかね?』
『グゲエェーー!!わしはお客様じゃ!神様じゃ!グゲエェーー!!』
奇声を発しながら詰め寄る酔っ払い男に“アイスクリームララバイ”は、怯え、小声で逃げ腰になりながらも必死になっていろいろなアイスクリームを差し出しました。
しかし、どのアイスクリームも歯が立たず、“アイスクリームララバイ”は、とうとう路地裏まで追い詰められてしまいました。
『くたばれー!!』
酔っ払い男が拳を振り上げたその時、帰ってきた“ブルン”が間に入って“アイスクリームララバイ”を庇うようにして抱きしめました。
『グゲエェーー!!グゲエェーー!!ブクブクブクブクブクブクブクブクブク………。』
酔っ払い男は突然、奇声をあげた後、何故か、大量の白い泡を吹き、絶命しました。
『助かった…。』
“アイスクリームララバイ”は一命を取り留めました。
しかし、彼の体は半分シャーベット状になりドロドロに溶けていました。
“ブルン”は、急いで“アイスクリームララバイ”の体を近くに置いてあったバケツに一滴残らず掬いあげ、コンビニエンスストアの業務用の冷凍庫に入れました。
『これでしばらく待てば、また固まる。』
『ありがとう…。でも、もういいよ僕…。』
『えっ…。』
『なんだか…、とっても…、疲れちゃったんだ。それに、もう僕、美味しいアイスクリームを産み出す事が出来ないと思うんだ。あとね…、このドロドロした体で固まっても皆、僕のこと、怖がるだろうし……。』
『そんな事ないさ。お前みたいな小さな子どもを怖がる奴なんか一体どの世界にいるんだよ。』
『……、この世界だよ…………、それに、それに、あまりに……、溶けすぎちゃって……。もし……、また、固まっても、多分…もう…体を維持…できないと思うんだ……。』
『………。』
『どっちにしろ、消滅しちゃう。だから……、最期にお願い。僕を…どこか高い所へつれていってくれないかい?…お世話になったこの街を…しっかりと…目に焼き付けておきたいんだ…。』
『……。うん、わかった。』
“ブルン”は、“アイスクリームララバイ”を優しく抱きかかえ百貨店の屋上まで連れて行きました。
『ありがとう。ブルン。もう…、帰っていいよ…。』
『帰らない。俺は。』
『でも…、僕たち…、オバケだから朝日を浴びたら…消えちゃうよ…。君だけでも…。』
『いいんだ、俺は。それにお前は、俺の相棒だ。相棒のお前が消えるのを知らんぷりできるか。最期まで付き合わせてくれ。』
『…ありがとう…。』
夜のネオンに輝く街や行き交う人々を眺めながら、二人は、色んな話をしました。
不味いアイスクリームを作ってしまった時の話。
仲の良かった野良猫に飼い主が見つかった時の話。
ゆるキャラと間違えられ職務質問された話。
ハロウィンの日によく出来た着ぐるみだと勘違いされ揉みくちゃにされた話。
昔、常連だったいじめられっ子の少年が無事、大人になってめでたく結婚した話。
等など、想い出話に花が咲きました。
『ははは、楽しかったね…。』
『うん、楽しかったな。』
次第に、空の色が紺色から藍色に変わり、少しずつ朝が近づいて来ました。
『あのさ…、』
『なんだ?』
『さっき、僕がした事は…、正しかったのかな?』
『ううん…。正しかったかどうかは、わからない。でも間違ってはいなかったと思う。』
『そう…。』
『ああ…。』
『あのさ、ブルン。…今度、もし…産まれ変わる事ができたなら、僕たち…、またね、いっしょに…アイスクリームを作ろうよ。』
『ああ、そうだな。そして、沢山の人達に食べてもらおう!』
『約束だよ。』
『ああ、約束だ!』
『指切りげんまん。』
『ああ、げんまんだ!』
やがて、一番鶏の鳴き声と共に
美しい朝日が昇りました。
『僕たち、朝日見るの初めてだね。』
『そうだな。』
『綺麗なもんだね。』
『うん、綺麗だ。』
二人は、そう言って太陽の光に飲まれて跡形もなく消えてゆきました。
二人に助けてもらった店員さんは、あとからお巡りさんと共に駆けつけ、その様子を遠くから見ていました。
そして、近くの空き地に小さなお墓を建ててあげました。
『優しいオバケさん、助けてくれて、ありがとう…。』
それから、時は流れ、三十年という歳月が経ちました。
街の外れの高架下に、こじんまりとした小さな可愛らしいアイスクリームショップができました。
『アイスクリームはいらんかね〜?』
『アイスクリームはいらんかね〜?』
くせっ毛のまるでライオンの様な髪型をした少年とツノの様にとんがった個性的な髪型をした青年が一生懸命アイスクリームを売っていました。
『アイスクリームはいらんかね〜?』
『アイスクリームはいらんかね〜?』
“アイスクリームララバイ”と“ブルン”の産まれ変わりでしょうか?
それは、わかりません。
でも、もし、こんなアイスクリームショップを見つけたら、皆さんも是非、足を運んでみてください。
きっと、ほんの少しだけ心が軽やかになるかもしれませんよ。
おしまい。