1 ジャポネーゼ


大きなスーツケースを抱え、まばらな報道陣の横をするりと抜けると、男はマルセイユの空港から出た。

男の名は進藤翔。日本ではちょっと名の知られたフットボーラーだった。

出入り口を出ると、黒いセダンの隣に口ひげを蓄えたスキンヘッドの男が笑顔で進藤を迎えた。

フランス語のわからない進藤はとりあえずニコニコ笑って握手とハグに応じた。

「あんたがマルセイユの極東スカウトかい?」

口ひげの男はもちろん日本語はわからないが、進藤にあいまいな返事をするとセダンの後部座席へ乗り込むように促した。

「じゃあ失礼して・・・」

乗り込むかどうかというタイミングであったか。

金髪で長身痩躯の男が「シンドー、ソッチチガウ。ソイツハサギ!」

びっくりする進藤を置き去りに、何かを察知した口髭の男はセダンを急発進させてどこかへ消えていった。

呆然とする進藤に金髪の男は歩み寄り、「ワタシはシンドーの専属通訳のフランク言います。マルセイユはアナタを歓迎します」

そういうや否や、進藤の右手を強く握って握手の形にした。

「そ、そうなんスか?てっきり彼がスカウトのアンリだと思ったよ。似てたし」

フランクはため息混じりに自分の車に進藤を案内しながらフランス語で何かをつぶやいた。

「おい!いくらなんでもわかるぞ!呆れてんだろ?」

進藤はフランクに文句を言うと、

「呆れたくもなりますよ。トリックスターがトリックに騙されるなんて・・・」

フランクはそうはき捨てると助手席のドアを閉めて運転席へ乗り込んだ。


車はマルセイユ・ユニオンのクラブハウスに到着した。

マルセイユ・ユニオンは10年ほど前までは欧州でも五指に入るほどの強豪であったが、財政難のため主力選手を放出してからはユースの育成に失敗したこともあり低迷している。

昨年は何とか一部リーグに復帰したが、10番を着けていたブラジル人MFのセザリオが抜けてしまい残留できるかどうかが焦点となるなど厳しい状況が続いている。

国際的には無名ではあるが、21歳と若くセットプレーを得意としていることから進藤の獲得に踏み切った。

しかし、現場の指揮官であるスペイン人監督のサンチェスは進藤の獲得に疑問を感じていた。

「あ、監督さんっスね。アレ」

「今は会わないほうがいい。いずれわかる事だから言っておくが、サンチェスはあんたが来ることを嫌がっている」

「サンチェスは白人主義者といわれている監督だ。セザリオ退団の原因もこのことが関係しているようで、ベンチ入りメンバーはセザリオともう一人のナイジェリア人以外は全員白人だった。ナイジェリア人選手はシーズン中に戦力外となって今は他所にレンタルされているよ」

「なーるほどね」

進藤はあまり気にしていないようだった。

実際に、自分の実力を見せればスタメンは取れると思っていた。


会見はつつがなく行われた。

元々注目度は低く、日本のメディアとフランスの専門誌の記者、地元の番記者の合わせて7~8社と数人のフリー記者で会見が行われた。

サンチェスは終始無言を貫き、唯一の発言は自己紹介だけだった。



次回へ続く


マルセイユ・ユニオン主要選手


 1 エルネスト・ベルジェ(フランス GK) 2 アベル・トゥーボン(フランス DF) 3 カミーユ・ボレル(フランス DF) 4 バルトシーク(スロバキア MF) 5 アウレール・ボルンマン(ドイツ MF) 7 ジョシュ・マルクス・エドガー(ドイツ MF) 8ディディエ・ベルクール(フランス MF) 11ピョードル・カタリニコフ(ロシア FW) 14 マルタン・ブーケ(フランス MF) 22 ムッティライネン(フィンランド DF) 26 ルイ・アルバ(ブラジル DF) 38 フランシス・セザール(フランス FW)  監督:ファビアン・サンチェス コーチ:エンリケ