銀座のハワイアンクラブ ”アスコット" のゆうこちゃんがパームに来店したのは何月くらいだったでしょうか、
やっぱりね、垢抜けてるのよ、ゆうこちゃん。
「〇〇ちゃん(私の本名ね)、なんだか旅芸人の一座みたい ... アスコットに戻れば .... 」
帰りがけに悪魔のようにそう囁くのです(笑)
確かに銀座のハワイアンクラブと比べたら衣装はどこか古臭く、センスも良くはなかったのです。
確かに旅芸人の一座でもあったのです。
私がOL時代にアルバイトを始めたお店、生まれて初めてハワイアンとタヒチアンダンスを知ったお店、そこに戻れば、と勧めるのです。
ゆうこちゃんはお店のオーナーの姪にあたります。
今はお店も大きくなってるのよ... ともかく一度見にきたら ...
お店を辞める決心をしたのはそれから間もない頃、
でも辞めるきっかけとなった一番の原因はお給料の遅配でした。
沢企画に所属していたのは、バンド4名、ファイアーナイフダンサー2名、Aloha Beauty's 5名の計11名。お店には最初からリーダーの大原先生は出ていませんでしたが、家賃を払いながらこの人数を抱えて経営が成り立つほど、お客様は来るはずもなかったのです。
会社を辞めるときも、アルバイトで働いたアスコットを辞める時も、そして沢企画を辞める時も言い出すまで、とても悩むのです。誰しもそうでしょうが、何を言われるか怖くて一言が出ない、、
1980年、沢企画を退社、銀座のハワイアンクラブ "アスコット"へ戻ることになりました。

