三島由紀夫・最後の演説(昭和45年11月25日)
私が、忘れられない昭和の三大事件は、浅間山荘事件、JAL123便墜落事故、三島由紀夫割腹自殺事件です。子どもだったので、三島事件の意味が理解できませんでした。
11月25日は三島由紀夫の命日にあたります。過去記事から転載しながら、三島氏のご冥福を祈りたいと思います~![]()
蘇る三島由紀夫の「憂国の魂」(2)(2016/11/25)

昭和45年(1970)11月25日午後0時過ぎ、三島由紀夫は、市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地・東部方面総監部2階総監室にて、自決を果たした。
気合を入れて自ら左脇腹に脇刀を突き刺して割腹すると、その首は同行した楯の会隊員によって介錯された。名刀(関の孫六)の一太刀だった。

三島がいつごろから自死を覚悟したかは定かではない。
だが、少なくとも、自衛隊の総監を拘束して自衛隊の蹶起(けっき)を訴えるという計画は昭和45年の6月ごろから、楯の会の幹部たちの間で具体的に検討されるようになったらしい。
そして10月2日には、計画の詳細が決められ、決行日が「11月25日」と定められた。では、なぜ「11月25日」が、死に至る日と定められたのだろうか。(中略)
★自決日に手渡された遺作の最終回原稿
(※上図の背景は東出昌大さん主演の映画から)
(参考動画) ”三島×MISHIMA“ 『豊饒の海』
三島の遺作となった長編小説「豊饒の海」の連載最終回の締切に合わせたのだ、という説がある。
この小説は当時、「新潮」に連載されていて、第4巻にあたる『天人五衰』が大詰めに近づいていた。そして原稿の受け渡しは、毎月25日前後になるのが通例だったようだ。
そして、前日に電話で連絡を受けた担当編集者が、11月25日の午前10時半ごろに三島の自宅まで原稿を取りに行っている。

しかし、このとき三島はすでに市ヶ谷に向けて発っていて、編集長は直接三島と会うことができなかった。
だが、その編集者は、受け取った封筒に入っていた原稿を社で広げると、怪訝に思った。冒頭には『天人五衰』(最終回)』とあったが、これが最終回とは寝耳に水だったからだ。
そして、最後の頁には・・・・「『豊穣の海』完。昭和45年11月25日」と丁寧に記されている。そうこうするうちに、三島の市ヶ谷乱入のニュースが飛び込んできた・・・。
創作活動の集大成ともいえる遺作の擱筆(かくひつ)の日を、人生最後の日とする。それは、作家の最期としては、理想的といえるだろう。

だが、これについては異論がある。文芸評論家のドナルド・キーン氏は、この年の8月に下田のホテルで三島と会い、本人から原稿の最後の部分を見せられたという。
(※キーン氏については16日の記事で取り上げています)
激動の時代を生き抜かれた"百合子さまの御生涯”(11/16)
つまり、自決の数か月前に、作品はすでに完成していた、ということになる。したがって、最後の擱筆の署名は、蹶起の日の未明に、三島があえて書き添えた、と考えるほうが妥当だろう。
そうなると、8月以降ならば、いつでも原稿を編集者に渡すことができたし、いつでも決行日にすることができた、ということにもなる。
つまり、仮に三島が連載の締切に自決の日を合わせたとしても、結局「なぜ11月25日を遺作の擱筆の日に選んだのか」という謎が残ってしまう。
★遺作に仕掛けられた輪廻転生のミステリー
ところで、小説『豊饒の海』は、輪廻転生をモチーフとした作品で、狂言回し役の本多繁邦が、主人公である夭折した友人の転生を、次々に追跡するという物語だ。晩年の三島は仏教思想に傾倒し、輪廻やそれを裏づける唯識説について、深く研究していたという。(中略)
そして物語の最後では、本多が友人の転生者と思っていた青年が、じつはニセモノであることが明らかになり、謎を残したまま、ある意味では不可解な結末を小説は迎える。多くの読者は、「本物の転生者はどこにいるだろう」と、肩透かしを食らわせられたような印象をもつだろう。
ここで、興味深い事実をひとつ指摘しておきたい。
仏教の伝統的な輪廻転生思想では、人間は亡くなると、49日間、生と死の間をさまようという。この期間を≪中有≫といい、49日目に次にどの世界に生まれ変わるかが決まり、それから転生が始まるとされている。

これに則ると、昭和45年11月25日に自決した三島は、49日後の翌年の1月14日に転生を果たした、ということになる。
1月14日とは、何の日だろうか?
この日は三島の出生日なのである。三島は大正14年(1925)の1月14日に生まれているのだ。

こうなると、「11月25日」という日付のもつ意味合いが、くっきりと浮かび上がってくる。輪廻転生をモチーフとした物語を、謎めかした結末をつけてこの日に擱筆し、そして作者自身の人生も結末を迎える。
だが、作者は49日間をへて、再び自分の誕生日に人間に「転生」し、小説世界の主人公と作家は、「輪廻」を介して渾然と融合して、現実世界に登場する。
来世で再び「己れ」に転生し、遺作の主人公と一体化するため・・・それが三島由紀夫が「11月25日」を自死の日に選んだ理由なのであろう。(転載終了)
★美輪明宏氏が聞いた「三島由紀夫の予言」
「今に日本はとんでもない時代になるよ」って言ってたんですね。親が子を殺し、子が親を殺し、行きずりの人を刺し殺してみたりとか、そういう時代になるよって、三十数年前に言ってたわけじゃないですか。その通りになりましたよね。(引用終了)
★三島由紀夫の檄文(2015/11/22 産経)より
われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。
政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。(全文はリンク先で)
三島由紀夫没後50年 美輪明宏が語る“素顔”(2020年NHK)
なお、私見ではありますが、亡くなって49日後に生まれ変わるという点については、三島氏の思い違いだと思います。
守護靈さんからは「転生するには"平均30年ほどかかる”」と聞いておりました。下界でも休憩時間が必要なように、あの世でも魂を癒したり、反省したり、勉強したりと・・・![]()
昨夜、守護靈さんに「三島氏は転生していますか?」と尋ねましたところ、「日本人の若者として転生している」とのことでした。
今後、注目される人物なのかは・・神のみぞ知るかな~![]()
それでは~![]()
★過去記事
三島由紀夫に魅せられた人たち(JNNドキュメンタリー)







