戸隠地質化石博物館(5/16撮影)

 

戸隠神社参拝を終えたわたくしどもは、昨年9月3日放送の「鶴瓶の家族に乾杯!」が切っ掛けになって記事にもしました「戸隠地質化石博物館」を訪れました。博物館は廃校になった旧柵小学校の校舎を利用しています。3月に訪れた「むろと廃校水族館」と同じですね。

 

(過去記事)

戸隠神社と造山運動、気になる「荒川」(2018/9/8)

奇妙なクジラ・シンクロと「分岐点」(2019/3/10)

 

柵小学校の「柵」は‟さく”と読まずに‟しがらみ”と読みます。「色々なしがらみがありましてね~」の‟しがらみ”ですよ。柵村と戸隠村が合併し戸隠村に、その後の合併により、現在は長野市戸隠になっています。

 

 

天岩戸伝説を縁に、旧戸隠村と宮崎県高千穂町は、昭和62年に姉妹都市となりましたが、旧戸隠村が2005年に長野市と合併したために姉妹都市としての交流は消滅しました。な~るほどね!

 

戸隠神社と造山運動、気になる「荒川」(2018/9/8)より

 

博物館に入りますと、学芸員の田辺さんが法螺貝を吹いて歓迎してくれました。退館する際にも吹いてくれます。入館料は200円とお安いです。ウインク

 

ただ、博物館の立地条件が悪いために多くの人が、「ナビの通りに進んでいいのかな?」と不安になるくらい細い道を走ります。やっとたどり着いたお客さんに、「どうしてこんな所に・・・」とお叱りを受けると苦笑されておりました。

 

昨年放送の「鶴瓶の家族に乾杯」で紹介された影響は大きいようです。要所要所に道案内の看板が立て掛けてありますので迷うことはありませんが、仮に戸隠神社近くにあれば、多くの人が訪れると思います。このままだと勿体ないのよね~えー

 

エントランスホールに展示されている「ミンククジラ全身骨格」

 

太古の昔、戸隠地区一帯は海でした。 その証拠を示すホタテガイやクジラ、ダイカイギュウなどの化石を多数展示しています。

 

上の写真は1994年1月7日、南氷洋で捕獲された体長8.7m、体重7.8tのミンククジラの骨格です。 歯が退化し、かわりにクジラヒゲが発達した「ヒゲクジラ」の仲間です。 この仲間の約400万年前の化石が、戸隠の地層から発見されています。

 

 

 

 

戸隠山の生い立ち

 

恐竜がいた時代には、日本海はなく、日本列島はユーラシア大陸の一部となっていたと思われます。最近各地で発掘される恐竜類の化石も、その裏付けの一つとなっています。

 

1994年、北安曇郡小谷村来馬土沢から発見された恐竜の足跡化石は、小型獣脚類のものと判明しました。ジュラ紀前半(約1億9千万年前)の化石で、日本で最古の恐竜化石となっています。

 

中央隆起帯

 

約1000万年前、日本海と太平洋をつなぐ海は、美ヶ原から志賀高原一帯の隆起によって次第にとぎれ、北と南に分かれていきました。この陸化した地域を中央隆起帯と呼びます。

 

この隆起にともない、地下からマグマが上昇してきました。長野盆地の東側の山地に分布する閃緑岩類(せんりょくがんるい)はその時のものです。その熱によって泥岩が変質し、斑紋ができました(村雨石)。長野盆地の西側の海には、砂でできた厚い地層がたまりました。

 

今も動く大地

 

長野盆地の西縁にある断層は活断層として知られ、江戸時代の終わり頃の1847年に大きな地震の震源となりました。各種の記録からみて、地震の規模はマグニチュード7.4、揺れの激しいところでは震度7はあったと推定されています。最近の調査では、こうした大地震が何度もあったと思われ、これからも発生することでしょう。

 

 

 

戸隠山など長野市西部の山々は、かつては色々な生物が生息する海底でした。その海底だった地域は、フォッサマグナ(大きな溝)と呼ばれ、日本を東西に分ける地溝帯です。このフォッサマグナの海底が、ある時期から急激に隆起し、現在では2000m級の山々となってきたのです。(以上で展示パネルの紹介を終わります)

 

学芸員の田辺さんとお話した内容をご紹介して終わりにします。

 

(アグネス)

「貴重な展示物ばかりで勉強になりました。今度はブラタモリで紹介されるといいですね。あの番組の影響力は凄いですから、きっと沢山の人が訪れると思いますよ~」

 

(田辺さん)

「タモリさんは地質学に造詣が深いですから来てくれるといいな~。NHKさんに期待してます!爆笑

 

(アグネス)

「ところで、戸隠神社の参道には参りましたよ。距離もかなりありますし、最後の石段もキツイですよね。宮司さんたちは社務所で生活しているわけですから、買い物や通院などで街に出る際、あの参道を往復するのは大変だと思うのですよ。ひょっとして社務所の裏に車が通れる道があるんじゃないですか?」

 

(田辺さん)

「汲み取り車や工事関係車は参道を通れますよ。そうじゃないと仕事になりませんからね~。ただ、参拝者に車使用不可としているのに神社関係者が車を使用することは出来ませんから、参拝者と同じく参道を歩きますよ~」

 

(アグネス)

「えぇ-!本当ですか?買い物をすれば荷物もあるでしょうに・・・それは大変ですね~」

 

(田辺さん)

「それが修行なんですよ。戸隠山は修験道の山ですからね~ウシシ

 

※ちなみに田辺さんは長野県の生まれではなく千葉県出身とのことです。信州の自然の美しさに惹かれ、信州大学に進学、塩尻で小学校教諭を勤めてから、平成元年に戸隠にやってきたそうです。人間の人生って分からないものですね~。では~音譜

 

 

(参考)

信州の自然の美しさには、歴史がある

戸隠地質化石博物館HP