6月14日(金) 舘岩 愛輝診療所 に行ってきました。
 

『次回受診の時には、レントゲン撮ってみましょう』『コロナも落ち着いたから、そろそろ動き始めないとね』

と言われたのが、2月半ば。その後行けないままに、3月も4月も終わり、5月1日か2日もしくは、連休明け最初の金曜日には絶対行く!! 予定でした。

でも4月29日に始まった不思議体験で、↑の予定など、吹っ飛んでしまっていました(笑)

 

そもそも、仕事の都合で、母の介護の都合で、連れて行ってくれるぷうさんの都合でと、1ヶ月に1度目安のはずが、1ヶ月半になったり、2ヶ月過ぎてしまったりと不定期極まりなかったのだけれど、さすがに、ここまで間が空いたのは初めて。

先生不審に思っておられるだろうな。もうもう、率直にお話するしかない。そう思っていました。

 

診察予定確認の電話をしたときに、対応してくれた受付のAさんに、レントゲンを撮ってほしい。その後で先生とお話をする時間を取ってもらうのに、一番迷惑のかからないのはいつなのか教えて下さいと伝え、金曜の午後なら比較的に との答えをもらっていました。

 

午前中に段取りをして、午後の部の3人に終了後の戸締まりを頼み、予定より15分遅れの1時15分にようやく出発。

家を出て、大通りに出たところまでは記憶にあるのですが、ふと気がつくと、もう中間地点の田島を過ぎているのでした (-.-)

『むくちゃん爆睡してたな』と呆れ顔のぷうさん。ヒュプノスの呪縛再び(^^ゞ 

 

  愛輝診療所到着 3時5分

 

「先生実は、このGWに、ウチの仕事をお願いしている方の息子さんに、カイロプラクティック+α の施術をしていただく機会があって、足をついても痛くなくなったんです。」「これがずっと続くものなのか、このまま続けていっていいものなのかわからなくなっています。今の自分の状態を知りたいので、レントゲン撮ってみていただけないでしょうか?」むくを驚いたように2度見して先生は、

『痛みが無くなったのなら、それは良かった。とにかく、レントゲン撮ってみましょう』と。

 

レントゲン室ではこんな会話も。

「先生が東京で腰痛外来を開業していらっしゃった時には、カイロなども併用していらっしゃったんですよね?」『そうですよ、カイロだけじゃなくて、いろいろな理学療法の手技を用いていた』『股関節の人も診ましたよ、2週間~3週間に1回通ってきている人が多かった。いったん痛みがなくなってもまた痛くなるから、痛みを取りながら、その間に身辺整理して、懸案事項を片付けて、条件を整えて、手術にたどり着くって感じの人が多かったかな。』やっぱり痛みは戻ってくるんですね (-_-)!!

『とにかく痛みが取れたのは、良かった。診てくださった方は、遠くにお住まいって言ってましたよね?通うのは無理ですか?』

 

初診の7年前、コロナが始まった頃の3.5年前、そして今。

計6枚の写真が並びました。

 

『う~~ん。ここに前よりもはっきりした隙間ができているのは、良いんですがね。』

「この隙間の下側の凸凹してるのは何ですか?」

『変形性股関節症は進行性だから、輪郭がはっきりしなくなっている。』『ほら、前回、前々回の2枚と比べると明らかに』『もっと進んでるんじゃないかと思ってましたよ。これでもよく保った方ですよ』

『う~~ん、コレはもう、手術するのが良いケースだと思いますよ。』

「今、痛くないのにですか? 痛くなくても手術したほうが良いとお考えですか?」「このまま様子を見ていて、いよいよ痛くなってからではダメなんですか?」

『できれば70歳前には! 若ければそれだけ体力もあって、傷の治りも、回復も、リハビリも早いわけですからね』

 

思えば、昨年の5月以降から行くたびに、『その後病院とは連絡とっていますか?』『そろそろ動き始めないと』等など言われていました。

「先生、いつまでココにいらっしゃいますか?」

『家族からは、辞めろ辞めろ言われるんだけどねぇ。あと5年位は頑張れるかなぁ(笑)』

「じゃぁ先生がいらっしゃるうちは、面倒見てください。」とお伝えしていたむくでした。

 

でもなんで急に、70歳前限定になっちゃうの?(笑) 生物学的に70歳までは若いけど、それを過ぎると、いきなり年寄りになって、1年1年が急激に加速度的に違ってくるってことですか?

 

『まぁ手術するかしないかは別にしても、1度整形外科を受診して、いつ手術するのが良いかも含めてよく診てもらったらどうですか?』

『実は、むくさんと同じ年頃で、同じように、ずっと手術をためらっていた方がいて、最近手術したんです。3ヶ月位になるかな。両足手術して、もうスタスタ歩いているのを見て、これは、むくさんに教えてあげなきゃって思っていたところです。』とその方のカルテを取り出されるのでした。(*_*)

せ、先生?準備されていた??

 

え~~でもむくは、自分の現況を知りたかっただけなんです・・・。

あまりにも不思議な体験だったから、ただただ西洋医学(レントゲン等)の裏付けが欲しかったというか・・・

このまま続けていって良いという科学的な?裏付けと安心がほしかっただけなんです。

 

まさか、自分が、進行して手術レベルにまで変形した股関節の持ち主になっていたとは知る由もなく。こんなふうにグイグイと手術を勧められる事態になろうとは思ってもみなかったのです。

 

それにしても、手術対応レベルでありながらも痛みが消失したという驚き!

そして最後の施術から7週間たっているのに、まだ消失状態が続いているという驚き!!

 

・・・そうでした。カイロプラクティックは、アメリカ発祥のれっきとした代替医療として諸外国では認知されている。西洋医学の一翼なのでしたね。

  埼玉赤十字病院
 

 

赤十字だから、世界の先進的な情報も、他の県立、大学病院よりもいち早く取り入れているだろうし、リハビリ施設も充実しているようですよ。術後7日で、リハビリ専門の施設に転院とあります。むくさんが前に候補に上げていた日産玉川病院 より近いし、こっちのほうが良いかもしれないな。』

『同期と話す機会があったときに聞いたら、このコロナ下でも、股関節の手術はドンドン進化してきていると言ってましたよ。予後もかなり良くなっているらしい。むくさんが、先延ばしにしていたのは正解だったかもしれないな(笑)』

『良かったらすぐにでも紹介状書きますよ。よく考えて、ご主人とも相談して、連絡ください』って!!

 

いつになく、グイグイ来る山田先生(-_-)!!

もしかして先生、むくのこと厄介払いしたいって思ってらっしゃいます?ってかんぐりたくなってしまった・・・

それとも先生、真剣に引退を考えていらっしゃるんだろうか?

 

だけどだけど、むくはビビリだからホントは手術なんてしたくないんですっ。

ナビシステム導入の最小侵襲手術の予後が良いことも、回復が早いから入院日数が従来よりも短くてすむことも、術後の禁忌の姿勢がないことも リサーチ済み。

手術をした友人たちのたくさんの涙も、たくさんの努力もよく知っている。

手術する時は、東京方面で、この方法で・・・とは決めています。

前に先生が言ってくださった、『やはりどうしても、地方と東京では技術の進歩に差があるから、そうすることが可能ならば、東京に行きなさい』とのお言葉のままに・・・。

 

でも、それはいよいよの時は であって、けっして今ではない。とも思っている。

(↑ なんだかコレ あしかせさんのいつもの口癖のよう 笑)

 

  田島の【梅よし】で予約していた鰻重を受け取って、激論を交わしつつ?帰路についたのでした

先生はご主人とも相談してって・・・おっしゃったけど、そのご主人は、AB型!!!

 

『四の五の迷って、落ち込んでることない。手術したら良いべ・・・。』とバッサリ。

『舘岩に通うこともなくなるし。あ”~ でも、先延ばしにすれば、もっともっと技術が進歩するかもだな(笑)』

『ま、取引先に事情を話して、時期とかよく打ち合わせして、了解してもらうしかないべ』

『仕掛品を抱え込んで先行投資がかさんだとしても、持ちこたえられるだけの体力はあんだもの。大丈夫だべ。』

『むくちゃん不在の間は、会社休業にすっか? (笑)』

『あしかせさん達を応援に呼ぶか?』ですと!!

 

あ~ぁ やっぱり。 そんなこったろうとは思ってましたよ。

他力本願。筋金入りの楽天家。← はいはい、その性格のおかげで、何度も荒波をかいくぐって来られた。俺だからできたって自負、半端ないことも、よ~~くわかっていますとも。

ぷうさんは作戦を考える人で、しかも細部にこだわるから、現場仕事向きとはとても思えない。とてつもなく お殿さま体質

でもでも『大丈夫、俺が尽力する。まかせろ』ってなんで言えないかなぁ~(-_-)!!   (爆)

 

さすがに9月、3月では難しいと思うけど、戦線離脱後の仕事上の滞り問題は、復帰しさえすればいかようにも解決できる。できるはずと思っているから、そんなに心配していない。そこまでの仕事第一人間ではない、ないと思う・・・(^^ゞ

もしかしたら、なんでも自分で抱え込みたい、むく自身の体質改善になるかもしれない。なぜって離れてしまえば、責任だけとってお任せするしかないのだから。

そして、むくさまのありがたみを知るいい機会になるんじゃないの~といぢわるな気持ちで思ったりもする・・・。(笑)

 

問題の本質はそこではないんです。

 

帰宅途中にTさんとお話した時には、レントゲン写真の衝撃映像が頭にこびりついて離れないままに、いろいろまくし立ててしまったのでした。Tさんの困ったようなお顔を見て、あ、しまった!と思ったけど後の祭り。

Tさん 大人気なくて、同じA型なのにお気持ちに配慮する余裕を無くしていて 

ごめんなさい 

 

  もうあの暗黒面には戻らないとの自戒を込めて、あえて過去形で・・
 

 

以前【(手術の)覚悟を決めないといけないと思っていた・・・】 とは書きましたが、実際には、覚悟など少しもできていなかったのだと思い知りました。

こんな幸運は長続きするはずないよ。と自分をけん制していたはずなのに、いったん知ってしまった希望と解き放たれた開放感と自由感は、勝手に羽ばたこうとしていて手におえなくなっていました。そして次の瞬間には、あぁやっぱりダメなんだ・・・手術しかないのかと落ち込む。

まるでジェットコースターに乗っているかのように気持ちは乱高下、どんどん下。

行き所を失ってしまった気持ちをもてあまして、右往左往するばかり でした。

 

どうするのが良いのか、自分はどうしたいのか・・・結局のところ、自分で決めて納得しないことにはどうしようもないのに。助けを求めることさえもできないのに・・・。

 

洞窟の片隅に隠れて、ふるえながら、『なんだ、こんな所に隠れていたのか~ばかだなぁ』といって牧羊犬が助けに来てくれるのを待つ子ひつじのような、寄るべない気持ちになっていました。(勝手なイメージ映像 笑)

ははは、むくもなかなかに他力本願なのでした。

 

【痛いから】【怖いから】仕事が、親の介護が、云々と手術をためらう気持ち。

そんなものは全部どうでもよくなった時が手術時 

とブログに書いていた方がいました・・・

 

むくは、まだまだみたいです。

 

そして、むくが浮足立っている間に、容赦なく月末が迫ってきています・・・