大阪アグローBLOG

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大阪アグローは石倉範子会長のご指導のもとこつこつと歩み始めました。
宜しくお願いします。

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さて、イエスは通りすがりに、
生まれつき目の見えない人を見かけられた。
弟子たちがイエスに尋ねた。
「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」
イエスはお答えになった。
「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」
ヨハネによる福音書 9章1~3節



21年前のことです。

親しい友である

クリスチャン夫妻の息子さんリッキーが

生後2ヶ月で 

不治の難病と

診断されました。



喉を切開し

呼吸は機械に頼って16年。


家族の日夜の看護と愛を受け

多くの人々に愛され

天に召されたのが

約四年前です。



慈愛に満ち 

砕かれ へりくだったクリスチャンのご家族。

どれほど日々 祈られたでしょう。

周囲も、どれほど祈っていたでしょう。

日々の平安だけではなく

心の奥ではいつも

そう

神さまに叫んでいました。

「どうぞ神の奇跡で、彼を癒して!」と。

「立ち上がらせ 歩かせてください!」と。






神さまは

確かに奇跡をなさってくださいました。

医師に余命2年と言われた彼は

16年もの歳月 この世で生き

彼と出会う人々に 

声をも出さずに

しかし

多くを 語ったのです。





私が 彼に会いにいき

その時思いつく へんてこりんな

でも楽しい歌を歌うと


彼の美しい両の目は

いつもこぼれるような喜びを湛え 

私を平和で包みこんでくれました。

どんな私でも 彼は いつも歓迎してくれました。



彼に会った中で 

彼が不機嫌だったり

不幸そうだったことは

一度もありません。

何百回と会った中で一度も!

いつもいつも平和で幸せそうだったリッキー......



ベッドの彼に「祈るね」と

言って

「イエス様、、、」と言うと

彼の身体中から 光が放たれ

目が大きく見開かれ

動かぬ両腕もグググっと持ち上がって

イエス様 知っているよ!

イエス様が大好きだよ!

声にならぬ声で 賛美しているのが

はっきりとわかりました。





彼に会うたびに 私は癒されました。

この世の 汚いものが我が内から洗い流されるように

きよい水を

飲ませてもらいました。

イエス様に在る平安が どんなものであるかを

ただ彼といるだけで

全身全霊で感じさせてもらったものです。




リッキーが召された日の午後

救急搬送先の病院から自宅に戻った彼に会いにいきました。

この地でのお別れの涙にむせびつつ

「彼は この世での使命を終えて

天に凱旋したのだ、、、

使命を終えたので

もうこの世の不自由から解放されたのだ、、、」

と 霊の深みで知りました。


それを親友である彼のお母さんに告げると

彼女も うなずいていました。

そう 使命を終えたんだよ   リッキーは.........



ねえ リッキー

君には この世での

目に見える癒しは

起こらなかったかもしれない


でもね

君は深い深い神の使命を受けてそれを果たしたんだね君はエライよ

いつも君の中にイエス様がいたんだね

それを私たちに教えてくれたんだね

ありがとう

また 

天国で会おうね





奇跡とは

目に見えるもの

聞こえるものだけに限定されはしません。


この世で 肉体的奇跡が目に見えるかたちで

起こらないとしても

信仰と祈りの中に

神の業は現れるのです。



信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。昔の人たちは、この信仰のゆえに神に認められました。信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。(ヘブル人への手紙11章1ー3)