8月13日(火)朝6時30分
岐阜県可児(かに)群御嵩(みたけ)町にやってきました!手前の公民館に車を停めさせていただき小原城を目指します。

公民館の脇に縄張り図付きの案内板があります、これはありがたい。
夏場の山城攻略には欠かせない虫🐝対策!虫よけスプレーに加え帽子のつばに「おにやんまくん」をつけてGO![]()
案内板はショートカットの道を示していましたが正面の鳥居の方から行きます。今までに見た事もないほど急な石段です![]()
白山神社
なんかマヤ文明の階段ピラミッドみたいでカッコいい
階段をのぼり本殿の左側にまわると登山口があります。
小原城登山口
白山神社の奥山一帯が山城となっていて標高は299m、比高は40m。道はきれいに整備されています。
東出丸跡
小原城主といわれる小倉織部について、実はよくわかっていません。
(二重)堀切
普段は神社西側の屋敷で生活していて有事の時だけ山城を利用したのでしょう。
曲輪跡
天文21年(1552)御嵩城主の小栗信濃守とともに、武田に属する土岐群の高山城を攻めました。天文21年といわれてもピンときませんが、この年は織田信秀が亡くなり信長が家督を相続した年です。
竪堀跡
そういえば信秀の正室、つまり信長の母、土田御前は可児市土田の出身です。東美濃から東農にかけては織田と武田のせめぎ合いが激しかった地域ですから二人は政略的に結ばれたのかもしれませんね。
主郭跡
主郭の向こうには一段低くなった場所がありますね、行ってみましょう!
小倉氏は最終的に武田晴信(信玄)の軍門に下ったと記録があるようです。
腰曲輪跡
保存状態の良い遺構と、所々にある案内板のおかげで山城を堪能することが出来ました。
小原城から南へ約300mほど行った所にある休憩処、数台分の駐車スペースときれいなトイレもあります。
ここから先ほど巡った小原城を振り返ります。
①小原公民館②白山神社③東出丸④主郭
休憩処の向かいにはマリア像が。昭和56年、町道の拡幅工事の際にマリア像や石に刻まれた十字架など多数出土しました。小倉氏はキリシタンだったのかも?
ところで虫よけスプレーもおにやんまくんも全く効果なしでしたトホホ( ノД`)このあと明智城にも行くつもりでしたが予定変更して可児才蔵ゆかりの地へ向かいます。
つづく・・・














