向井side


 この子だけが俺の生きがいで、生きる意味なのだ。

 この子が俺のもとに来てくれて初めて、オメガでよかったと思った。

 俺にとって酸素みたいな、そんな存在。


 「ひなた、こっちおいで」


 とたとたっとこちらに走ってくる我が子。

 少し大きな口。

 まるで、貴方みたいな。


 「康二」

 「めめ」

 「そろそろ帰ろう?」

 「せやな、帰ろう」


 この子は俺の生きがい。

 生きる意味。

 俺が選んだ、あってはならないはずの幸せ。

 大切なあなたがくれた贈り物。












・・・・・


 「康二?」

 「え」


 酷い顔してたと思う。

 今にも死にそうな、やつれた顔。


 「康二でしょ」


 人混みの中で、急に手を引かれた。


 「…ふっかさん?」

 「うん、久しぶり」

 「ひさしぶりって…え、どうして…」


 思いがけない再会に、心臓が止まるかと思った。

 俺の初恋の人。


 「なんか酷い顔してんね?疲れてんの?」

 「え、や…ちゃうよ」


 掴まれていた手首をぎゅっと強く握られる。

 急な再会に頭が追いつかない。


 「嘘つくなって」

 「嘘やないよ」

 「目バカみたいに腫れてる」

 「関係ないやろ」


 突き放さなきゃ。

 離れなきゃ。

 そう思った。

 もう一度、この人に会ってしまえば、もう二度、もとには戻れないと思ったから。


 「そんなこと言うなよー」


 柔らかい笑顔。

 あの約束を、忘れたんだろうか。


 「言うなって言われても…」

 「じゃあ、なんでそんな死にそうな顔してんの?首にべったりキスマつけて」

 「え、っ」


 気づかなかった。

 気づかなかったっていうか、確認しないで出てきてしまったのだ。


 「さいっあくや、」


 首につけられたであろうキスマを探しながら、肌を隠した。


 「こっちだよ」


 ふっかさんの白くて冷えた手が、ぴたっと俺の首筋に張り付いた。


 「え、」

 「逆だよ、ついてんの」

 「あ、ごめん」


 ふわっと俺から離れた彼の手に、名残惜しさを感じてしまう。


 「どっかで話すかぁ」

 「え?」

 「久しぶりに会ったんだし、それぐらい良くない?」


 めめが知ったら、怒るだろうか。

 それでも、ふっかさんから伸ばされた手を、6年間も心待ちにしていた俺が、その手を取らないなんて、できなかった。


 「ええよ」


 高校生の頃の俺は、ずっとずっと、深澤辰哉で頭がいっぱいだったのだから。


・・・・・・・・・・











 「こうちゃん」

 「ん?」

 「ぱぱいつかえってくるの?」

 「せやなぁ、パパは忙しいからなぁ」


 めめは最近大きな仕事を抱えているようで、家に帰るのが遅くなっていた。


 「えー!ざんねん」

 「残念やな、でも俺がおるから」


 ぱっと思い出したように、我が息子は口を開いた。


 「ひなた、ぱぱとこうちゃんにてるところきくんやった!」

 「似てるところ?」

 「こうちゃんとぱぱのこどもだから、にてるところあるんだって!」

 「…そうだね」

 「それきいてくるの!ようちえんでいわれた!」


 アーモンドみたいな瞳、ふわふわな髪、大きな口。

 全部、あの人にそっくりだ。


 「せやなぁ、俺に似てんのはほくろが多いところやな!」

 「ほくろ!」

 「それからパパに似てんのは…」


 わくわくした表情でこちらを見つめてくる。


 「パパに似てんのは…優しいとこやな」

 「やさしい?」

 「そう、優しい!」


 なにがあっても、俺が守ってあげるから。

 宝物がくれた贈り物。






 「ただいまー」

 「ぱぱぁ!」

 「ひなた、来てくれたの」


 めめの声がした瞬間、ひなたは走り出してめめに抱きついた。


 「おかえり、めめ」

 「ただいま、なんもなかった?」

 「ないよ、ほら見て、ピンピンしとるやろ?」


 するとぷはっと笑って、あしもとで絡みつくひなたを抱き上げ、俺の頬に手を伸ばした。


 「めめ?」

 「愛してるよ」

 「辞めてやー、ひなた聞いてんで?」

 「康二は?」

 「せやから、」

 「ねぇ、康二は?」


 俺の目を捉えて話さないその瞳。

 

 「愛してる」


 そう言って口付けをすれば、満足したようにひなたを抱いてソファに座った。


 「…あいしてる」


 あなたがくれた、最後の贈り物。

 俺が必ず幸せにするから。


 「めめ」

 「ん?」

 「愛してんで」


 もう二度とめめと離れることはない。

 ひなたさえいれば、この子さえいれば、俺はもう大丈夫だから。


 「康二から言うなんて、珍しいね」

 「…たまにはええやろ?」

 「悪くない」


 ソファで眠ってしまったひなたから離れ、1歩1歩俺に近づいてくる。


 「今度デートしようね」

 「デート?前にひなたが動物園に行きたいって言うとったよ」

 「2人で」

 「ひなたは?」

 「たまには2人がいい」


 俺の目を見て、まっすぐに意志を伝えてくるところを、俺は魅力的に思っていた。

 俺には無い、芯の強さ。


 「2人もええな」


 ぱあっと顔に笑みが咲いためめ。


 「うん、2人」


 めめは、この世界にめめと俺だけが存在することを望んでいる。

 ひなたは俺との子どもだから愛してくれている、だけ。


 「どこにも行かないでね」


 そう言われて、めめとの出会いを思い出した。











・・・・・


 「康二にひとめぼれしたっていうアルファがいるんだけどさ、会ってみる?」

 「ひとめぼれって、冗談やろ?」


 大学2年生の頃だった。

 高校時代からの友達である阿部亮平が出会わせてくれたのが、一個下の目黒蓮だった。


 「それがねぇ、冗談じゃないっぽいのよ」

 「えー?」


 どうやら、キャンパスですれ違った俺にひとめぼれした、らしい。


 「1回会ってみたらいいよ」

 「うーん、そうかなぁ」

 「深澤先輩と別れてから恋人いないじゃん」

 「はい」

 「しかも2歳上のモテる先輩って」

 「もーやかましいわ!俺は俺のペースで…」

 「向井先輩」


 初めて聞いた彼の声は、低く落ち着いていてとても年下だとは思えんかった。


 「え」

 「ちょうど俺の話してましたか」


 目黒蓮の身長は俺より10センチは高いようで、そんな彼の隣にさらに10センチは高そうな人が立っていた。



 「二人揃うとオーラやばいね、デカいし」


 阿部ちゃんがそう言って、俺に向かって彼らを紹介した。


 「こっちが話してたほうの子ね、目黒蓮くん」


 ぺこっと頭を下げ、俺の目を見てニコッと笑って見せた。


 「それでもっとデカいこの子がラウールくん」

 「ラウールです!よろしくお願いします康二くん!」


 人懐っこそうな笑顔で俺の手をぎゅっと握った。


 「お、おう!よろしくー!」


 1歳しか変わらんはずなのに、その輝かしい初々しさに飲まれてしまった。


 「向井先輩」

 「ん?」


 話題の目黒くんは、どぎまぎする俺を気にもせず、話を続けた。


 「向井先輩にひとめぼれしました」

 「えー、と」

 「俺と付き合ってください」

 「えらい急やなぁ、もう」

 

 困って阿部ちゃんに目線で助けを求めると、ヘラッと笑って目黒くんの肩に手を置いた。


 「康二は人見知りなんだよね、だからゆっくり仲良くなってみたら?」

 「…はい、すみません急に」

 「あ、いや、俺こそごめんなぁ。せっかく来てくれたのに」

 「向井先輩、連絡先教えて下さい」


 目黒くんの整った顔がぐっと近づいてくる。


 「も、もちろんや!」


 連絡先を交換し終わると、目黒くんとラウールくんは並んで去って行った。


 「ね、どう?」


 嬉々とした表情を浮かべる阿部ちゃんは俺の肩をポンポンと叩いてきた。


 「どうもこうもあらへん!」

 「えーだめ?目黒かっこよくない?」

 「かっこええけど!そこやないから問題は!」

 「…やっぱ深澤先輩なの?」



 深澤辰哉。

 俺の愛する人。


 「…まだ他の人はええかな」

 「先輩と別れたのも高3のときじゃん」

 「…そうやけど」

 「約束破って、勝手にいなくなったんだよ、あの人は」

 「それでも、ずっと忘れられんよ」


 大学2年生の頃も、俺はふっかさんを思い続けていた。それからも、ずっと。

 そこに突然、彗星の如く現れたのが目黒蓮だった。


 「忘れなくていいと思う」

 「ん?」

 「先輩のこと、忘れなくていいよ。忘れなくていいから、他の人のことも見てみたほうがいい」


 これは友達としての助言だよと言い残して、次の講義に向かって行った。


 「ふっかさん」


 宙に消えていった俺の声は、寂しそうに微笑んだ。


・・・・・・・・・・











 「こうちゃん」

 「ん?」

 「こうちゃんはぱぱのことすき?」

 「だいすきやで、ひなたのこともだいすき」


 この子は、俺が一生かけて守り抜いていく、彼からの贈り物。











to be continued