深澤side


 「深澤って康二には甘いよね」

 「そう?」

 「だって深澤が後輩になんか教えてんの初めて見たよ」


 同期の宮舘涼太が心底驚いたように目を丸くしている。


 「…宮舘も康二に甘いですよね?名前で呼ぶ後輩なんて珍しいんじゃない?」

 「えーそう?」


 向井康二に関しては、誰しもが甘くなる。

 これは、全員、例外なくそうであると言える。


 「まあね、少しは。あいつ、面白いから」

 「ほらね、それと一緒だよ」


 そっかと言って仕事に戻った宮舘を見て、すぐに視線を康二に移す。


 「阿部ちゃんこれどーおもう?」


 頑張ってんな。

 そういう真っ直ぐで一生懸命なところが、康二の魅力でもある。


 あいつの首筋には噛み跡がないから、番はいないはずだ。

 もし、心に決めてる人がいないなら_。

 何度か、そう思ったこともある。






向井side


 目を覚ますと、医務室のベッドに横になっていた。


 「あ、康二くん起きたね、体調は?」

 「さっいあくや」


 そこには、産業医_企業において労働者の健康管理を行う医師_であるラウールがおった。


 「でしょうね、なんでそんなに不定期なヒートが起きるんだろう?」

 「もしかしたらなんやけど」

 「ん?」


 ラウールは高校の後輩やった。

 ベータの医師は少ないけれど、ずっと勉学に励んでその地位を手に入れたんや。

 すごいよな、純粋に。


 「目黒くんが…関係してたりせん?」

 「めめが?」

 「め、めめ?」

 「あれ言ってなかったけ?めめ、俺の幼なじみなんだよね」

 「え!!そうなん!?」

 「うん、めめはアルファだし、名門校に通ってたけど」


 高校までハイブランドの目黒蓮、当たり前やけど教育係なんて恐れ多すぎるな。


 「で、なんでそう思うの?」

 「目黒くんに会ったり触れたりすると…鼓動が早くなったりめまいがしたりすんねん、急に」

 「急に…?」

 「俺オメガやし、純血アルファの影響めっちゃ受けてるのかなって」


 ラウールは表情を曇らせたけど、すぐにいつも通りの顔に戻った。


 「そっか、少し調べてみるね」

 「ごめんな、ありがとう」


 それより、と俺の両肩を掴んで前後に揺らした。


 「わあわあわあ、なんやなんや」

 「深澤さんが、康二くんをここまで連れて来たんだけど!もしかして、したの?」

 「う、うるさい!」

 「なんでよ!そのまま付き合っちゃえばいいのに」


 めちゃめちゃ盛り上がってらっしゃる。


 「上手くいけば、番になるかもよ」

 「…それはないよ」

 「なんで?」


 ほんまはこういう行為やって、翔太くんとしかやらん約束やったんや。


 「ふっかさんは俺が急に苦しそうにしとったから助けてくれただけや、それ以上でもそれ以下でもないよ」

 「え〜?」


 つまらなそうに頬を膨らませているラウールはかわいらしい。


 「そろそろ仕事戻るわ、ありがとうな」

 「あ、調べてなにか分かったら教えるね」

 「ありがとう」


 ラウールに手を振って医務室を出ると、そこにはふっかさんが立っていた。


 「ふ、っかさん」


 行為を終えたあと、いつも通り気を失ってしまったから、なんだかきまずいな。


 「康二、体調は大丈夫?」

 「大丈夫やで、助けてくれてありがとう」

 「様子見に来たんだ、今日はもう帰ったほうがいいよ」

 「それはできんよ、まだやり残してる仕事あんねん」

 「でもヒートの原因わからないんだろ?それなら休まないと」




 なんやろ、いつもより俺を優しく見てる気がする。


 「心配してもらってごめんな、でも大丈夫やから」

 「…そう?」


 大きく頷いて、ふっかさんに背を向けて歩き出した。


 「康二!」


 ふっかさんは、俺の名前を呼びながら俺を後ろから抱きしめた。


 「ふっかさんっ、」

 「腰、痛くない?」

 「うん」

 「…嫌じゃ、なかったか?」

 「…逆に助けてくれてありがとうやで」


 じょじょに俺を抱きしめる腕に力が入ってくる。


 「ふっかさん、?」

 「お前いつも誰としてんの?」


 予想してなかった質問に顔が真っ赤になってしまう。


 「そんなこと聞かん方がええで?」

 「体中にキスマがあった」

 「…気になったならごめん」


 翔太くんの顔が浮かんで、また申し訳なくなった。

 ふっかさんの拘束から逃れようと彼の腕を掴む。


 「離して、?」

 「そいつと付き合ってんの」

 「…関係ないやん」


 急になにも話さなくなったから、不安になって振り向こうとすると、手首を抑えられて、壁に押さえつけられた。


 「いっ、た」

 「関係ない?」

 「ご、ごめん、関係なくはないか」


 え、関係なくはないんか?なくなくないんとちゃう?え、なんなん?


 「…いや、関係ないな、悪い」


 少しふっかさんの力が弱まったとき、俺の名前を呼ぶ声がした。


 「向井さん!」


 走ってきた目黒くんが、ふっかさんの手を払って、俺を目黒くんのほうに引き寄せた。


 「目黒くん!?」

 「あ、いや、なんかあったのかと」

 「いや、大丈夫やで、ありがとう」




 手を振り払われたまま固まったふっかさんは、ゆっくり口を開いた。


 「今、目黒の出る幕だった?」

 「向井さんが困ってそうだったので」

 「別に康二だって目黒に心配してもらう必要はないだろ」


 待って、なんかやばいやん。


 「いつも助けてもらってるので」

 「目黒には分からない関係性があるから、気にしなくていいよ、今度からね」

 「…でも」

 「医務室の前で喧嘩しないでもらえますか?」


 医務室からラウールが出てきてくれた。


 「ラウール!!」


 よく来た!あとで舐めまわしてやるからな!


 「深澤さんも目黒さんも、今のほうが向井さん困ってますよ」

 「すみません、慌てちゃって」


 申し訳なさそうに謝った目黒くんに大丈夫やでと肩を叩いて伝えた。


 「待って、ふっかさん!」


 歩き出してしまったふっかさんを追いかけて、やっとの思いで手首を掴んだ。


 「ふっかさん!」

 「…ごめん康二、俺変だったな」

 「そんなことないよ、ほんまにありがとうな」


 ごめん、再びそう呟いて去っていってしまった。


 「ふっかさん…」


 自分の身の回りで起きていく出来事に不安感を募らせていた。






 「あべえ〜」

 「康二、大丈夫?倒れたって聞いたけど」

 「大丈夫やで」


 正直、少し疲れていた。


 「今日、飲みいかん?」

 「今日?いいけど」

 「やったー」

 「思ってないな」


 この会社は地方に支社を多く持つ大きな企業や。

 ここはその本社で、俗に言う「エリート」が集まる場所や。

 つまり必然的にアルファが周りに多い。

 

 「流星も誘う?」

 「今日は阿部ちゃんだけがええ」

 「…なんかあったね?」

 「…うん」


 オメガにとってヒートが起こる不安は、アルファとおるときが1番大きいから、俺は結構常に不安やった。


 「そっか、行こっか」


 せやからベータで、いつも穏やかで優しい阿部ちゃんは俺にとって信頼できる人やった。


 「ありがとう」


 そのまま2人で会社を出た。







 「はあ!?深澤さんとしたの!?」

 「しー!阿部ちゃん声でかい!」


 2人で飲むときは、いつも阿部ちゃんの友達がやってるバーに来る。


 「あ、ごめんつい取り乱した」

 「ええけども」

 「首は?噛まれてない?」

 「それは大丈夫やで」


 よかったと安心した表情を見せてくれた。


 「それにしても目黒くん…か。でも気になることがあったんだよね」

 「え、なに?」

 「いや目黒くんさ、初めて挨拶したとき、康二のところに歩いてきたじゃん?」


 確かにそうや。

 それどころか、前会ったことがあるとも言われてたんやった。


 「やっぱり康二と目黒くんはどこかで会ったことがあるんだよ」

 「それが」

 「なになに、思い当たる節でもあるの?」

 「路地裏…」

 「路地裏?」




・・・・・


 「やばい、ヒートなんわすれてたっ、」


 高校生時代の俺は、まだヒートに慣れておらんかった。自分がオメガやということにも。


 「くるし、」


 薬を飲みたくても忘れてきてしまっていた。

 ほんまに勘弁してや…自分。

 人通りの少ない路地裏に逃げ、深呼吸をしていた。


 「翔太くんに、LINE…っ」

 「おいオメガ!」


 ほら来たよ。釣れちまったよ。


 「止まれよ」


 力が入らない体を押さえつけられてしまう。


 「俺はアルファだ!ほら脱げよ!」


 こういうのは、オメガが悪いもんや。

 フェロモンを抑制できなかったオメガが、そもそもフェロモンで誘惑するオメガが悪いんや。


 「ごめんなさ、ゆるして、」


 そんなことを思っている間にどんどん体は熱くなっていく。


 「俺が番になってやるよ!光栄なことだろ」


 なんなんや、もう。

 どうせ俺たちみたいなオメガはアルファの言いなりになるしかないんや。

 もう、ええわ…


 「はは!大人しくなったな!所詮オメガは性欲には勝てないんだよ」


 ブレザーを脱がされ、ワイシャツのボタンが外されていく。

 抵抗する力を失っていた俺を、助けてくれた人がおった。


 「離れろよ!」


 制服を着た男子が俺と男の間に入ってくれた。


 「なんだてめえどけよ!」


 殴られそうになった彼は、すっと拳をよけて、逆に男に1発食らわせていた。


 「ふ、ふざけんなよ!」


 そう言い残して男は逃げていった。


 「大丈夫ですか?」

 「はぁ、ありがと、ございます」


 熱い。苦しい。

 感謝したいのに、上手く言葉が出てこない。


 「あれ、オメガじゃね?」


 周りのアルファや、勘のいいベータが俺のフェロモンに当てられ始めた。


 「背中、乗ってください」


 言われるがまま、彼の背中に乗る。


 「ホテルに入ります、でもなにもしないから」


 アルファやろな、この人。

 なのに、俺にこんなに優しくしてくれるんや。

 ごめんなさい…


 「もう大丈夫ですよ」


 ホテルに連れてきてくれたようで、ゆっくりとベッドにおろされる。


 「警察を呼んだので後は対処してもらいましょう」

 「まって、」

 「え?」

 「ごめ、なさい」

 「なんで謝るんですか」


 彼の袖を掴み、快楽を求める自分を制御して、必死に謝る。


 「ごめん、なさい」

 「あなたは悪くないでしょ」


 謝っているあいだに涙が溢れてくる。


 「泣かないで、ください」


 どんどん俺のフェロモンの香りは強まっているはずやのに、そんなことに頭も回らず、彼を引き止めた。


 「…行かんといて」

 「でも俺もアルファなので、一緒にいると、そろそろ苦しいですっ、」

 「してもいいから、!」

 「それはっ、あなたを傷つける」


 翔太くん…


 「はぁ、は、」


 息が荒い俺を見て、彼はそっと俺の頬を撫でた。


 「ん、つめた」

 「ごめん、冷たいよね」

 「…もっと、触って」


 これがオメガという生き物だとするなら、生きておらんでええという人の気持ちもよく分かる。


 「つらい、よね」


 彼の唇はじょじょに俺に近づいてきて、ゆっくりと重なった。


 「ん、はぁ」


 舌が交わり、吐息が耳元で聞こえる。


 「あ、は」

 「苦しい?」


 こくこくっと頷くと、彼は俺のベルトに手を伸ばし、ズボンを脱がせた。


 「ん、!あは、っ」


 俺の自身に触れ、扱き上げられる。


 「ひゃあ、」


 名前も知らない彼の手で絶頂へと導かれていく。

 淫らな欲が吐き出されて、彼の手を汚してしまう。


 「ごめ、なさい、汚しちゃった」

 「なんで、大丈夫」


 少しは苦しくなくなった?と優しく聞いてくれる彼には申し訳ないが、ヒートはそんなに生易しいものではないんや。


 「苦しいよねそりゃ、でも挿れたら止めらんないからっ、」


 当たり前や。

 オメガのフェロモンに耐えてるアルファなんて、この人が初めてや。

 汗が流れている彼のズボンに手をかけ、脱がせようとする。


 「ちょ、まって、だめだよ」

 「ちがう、」


 そそり立っている彼の自身を、口が痛むほどに喉の奥までくわえた。


 「ん、まって」

 「むぅ、ん」


 自分の快楽に意識がいかないように必死に彼を導く。


 「ん、あ」


 顔を歪める彼を見て少し安心する。


 「は、あ」


 お互いに欲を吐き出し、呼吸が荒くなる。


 「もうすぐ、来てくれる、から、」


 コンコンと扉が叩かれる音がして、もう大丈夫やと安心した。


 「来てくれた、もう大丈夫っ、」


 彼の我慢したぶんの汗がたらたらと俺に流れ落ちてくる。


 「大丈夫ですか!?」


 警察官の声がして、康二!と呼ぶ翔太くんの声がする。


 「あ、りがと」

 「名前、教えて」


 大きく呼吸して、汗を拭いている彼に、意識を失いそうになりながら名前を伝えた。


 「康二!」


 翔太くんや。

 彼の手が俺の涙を拭ってくれた。


・・・・・




 「なるほど、その男子が目黒くんだったかもってことね?」

 「かも、やで」

 「康二もしかして、今モテ期?」


 そう茶化してきたのは、このバーの店主であり阿部ちゃんの友達の佐久間大介や。


 「絶賛モテ期だね」


 それに乗って阿部ちゃんも茶化してくる。


 「おまえらなぁ」

 「ていうか」


 阿部ちゃんがジョッキをどんっと音をたててカウンターに置いた。


 「康二と関係をもったアルファが全員首筋を噛んでないのが奇跡だと思わない?」

 「たしかにそうだよねえ、アルファって自己顕示欲強めだし!ていうか認められるのが当たり前だったわけだしねえ」


 佐久間くんもうんうんと頷いている。


 「それに前話してた幼なじみの翔太くん?」

 「うん、翔太くん」

 「その人のことも真面目に考えたほうがいいんじゃない?」

 「えぇ?」


 誤魔化したように口角を上げると、阿部ちゃんはため息をついて笑った。


 「もぉ、康二!話聞いてるだけの俺だって気づいてるんだから、康二も気づいてるんでしょ?」

 「うーん?」

 「きっとその翔太くんは…康二のこと」

 「阿部ちゃん」


 阿部ちゃんは、はいはいと言ってジョッキを持ち上げ、アルコールを流し込んだ。


 「でもさ、いつまで1人でいるつもりなの?」


 今度は代わりに佐久間くんが口を開いた。


 「…いつまでやろなあ」

 「正直、あとは康二が覚悟決めるだけじゃない?」

 「それができないんよ」


 こういうのは、オメガにしかわからんのかもな。

 もし、番になって捨てられたら。

 アルファは何人も番を作れるから問題あらへんけど、俺たちは1人しか作られへんのやから。

 捨てられたら一生、孤独にヒートを乗り越えることになるんや。


 「康二」

 「ん?」

 「それから…流星も、けっこう優良物件だと思いますよー」


 阿部ちゃんがジョッキを置いて、そう言った。


 「なんで流星?」


 急に流星やなんて、なんでや?


 「とにかく!少し考えてみなよ」

 「…うん、話聞いてくれてありがとうな」


 こういう話は、いつも阿部ちゃんにしてしまう。

 決して俺を否定せんから、甘えてしまえるんよな。



 「もうー、つかれたぁ」


 阿部ちゃんの膝の上に横たわり、大きく深呼吸をした。


 「大丈夫だからね、康二」


 俺の背中を優しく撫でて、阿部ちゃんはそう呟いた。


 「…うん」






 あかーん、飲みすぎたー。


 「おーい康二ーしっかりー」

 「あかん、あかーん」

 「さっきからずっとあかんあかん言ってんね」

 「あかーん」

 「もはやなにがあかんのやら」


 阿部ちゃんに肩を貸してもらいながら、自宅の玄関まで連れてもらう。


 「ほら康二、鍵は?」

 「鍵は…あかんよ」

 「なにがだよ」

 「さすがにあかんてえ」

 「意味わかんない笑」


 自分でもなにを言ってるかわからん。

 酔いすぎや。


 「あの」


 この声…


 「あ、すみません。ええっと…?」


 困った様子の阿部ちゃんは、確認するように俺を見ているのがわかる。


 「あ、康二、預かります」

 「あかーん」

 「えっと、あなたは?」


 人生で1番、聞いてきた声や。


 「渡辺翔太と申します。向井康二の幼なじみです」

 「え!あの翔太くん!?」

 「あの翔太くん?」

 「あ、すみません、つい癖で…」

 「癖?」

 「それと俺は阿部亮平、康二の友達です。心配しなくて大丈夫ですよ」

 「…康二よりあなたのほうが勘づいてるかもしれませんね」

 「はは、どうでしょうかね」


 くらくらするー。あたまいたいー。


 「じゃあ康二よろしくお願いします!酔ってます、吐く可能性高いです」

 「ははっ、ありがとうございます。ご迷惑おかけしてすみません」


 阿部ちゃんから翔太くんに、俺の体を支えてくれる人が変わった。


 「康二、入るよ」

 「…うん」


 翔太くんの肩に腕を回して、中に入った。


 「なんでそんなに酔ってんの」

 「…ひひ」

 「…てかなにこの匂い」


 翔太くんがコップに水をくんできてくれて、手に持たせてくれる。


 「におい?」

 「さっきのあの人の匂いじゃない。誰の匂い?」

 「におい…?」


 ついでくれた水をゴクゴクと飲んで、息を吐くと少し酔いが覚めた気がした。


 「誰の匂いなの?」

 「…阿部ちゃんのやない?」

 「さっきの人でしょ?こんな匂いじゃなかったよ」


 この人、嗅覚すごいんですけど。犬なん?


 「こんなに匂いがつくまでなにしたの?」

 「なんも」

 「面白いこと言うなよ」


 怒ってるわ、絶対。


 「ん?言ってごらん」

 「…なんもないって言ってるや」

 「康二」


 急激に縮められた距離に驚いて固まってしまう。


 「なんもない?あぁ、そう」


 俺の首筋にぴたっと彼の指が添えられる。


 「これはなに?」

 「こ、これってなに?」


 慌てて自分の首筋を抑える。


 「俺、康二とするとき首にキスマつけないよ。そのまま噛まないように」

 「…せやな」

 「じゃあなんであるの?」

 「…ごめん」


 顔を背けた瞬間に勢いよく押し倒された。


 「ん、」

 「誰としたの?」

 「…今日、急にヒートになったんや。翔太くんに連絡しようと思ったんやけど、スマホも手持ちやなくて。もうやばかったときに、先輩が助けてくれたんや」

 「…そう」


 翔太くんの顔が首筋に近づき、唇が吸い付いた。


 「あ、っ」

 「優しい先輩がいてよかったね」

 「しょたくん、」

 「アルファ?」

 「アルファや、んっ」

 「名前は?」

 「は、ぁ」


 服がゆっくり脱がされていくけど、そのまま抵抗する気にはなれん。


 「ふかざわたつや」

 「そう…」


 初めて翔太くんとしたとき、約束したことがあった。


 「ごめん、このままだと抱いちゃうわ」


 翔太くん以外とは、行為をしないこと。

 ヒート時以外は、行為をしないこと。


 「帰るね」

 「待って」

 「今引き止めたら、抱くよ」


 震えとる。

 翔太くん、約束破ったのは俺やん。


 「俺やって約束やぶってしまったやん」

 「最近の康二のヒートは不安定だし、俺もそばにいないし…しょうがないよ」

 「翔太くん、」

 「ごめん康二」


 背を向けていた翔太くんは、また俺のもとに戻ってきてキスをした。


 「だめだ、おかしくなりそう」


 背中に腕を回され、きつく抱きしめられれば、翔太くんの胸の音が聞こえてくる。


 「俺以外に抱かれたなんて、嫉妬でおかしくなる」

 「ご、め」


 手首を捕まれ、慌ただしくバスルームに連れていかれる。


 「全部流そう?その匂いも跡も」

 「…うん」


 阿部ちゃんに言われた言葉が蘇る。

 俺もそうやと思うよ。

 翔太くんは、俺に特別な感情を抱いてくれとる。

 でも…


 「俺よりよかった?」


 シャワーから冷たい水をかけられ、ひゃっと声が出てしまう。


 「つめた、っ」


 この人も、ほぼ純血のアルファや。

 翔太くんだけ、母親がオメガやけど、それ以前までは全ての家族がアルファなのや。


 「匂いとれないね」


 翔太くんは「欠陥品」やと言われた。

 純血アルファを途絶えさせたオメガの血を持つからや。それだけのことで、彼は「欠陥品」と呼ばれる。


 「康二…」


 翔太くんが結婚する相手は決まってるんや。

 純血アルファの女性やって、ずっと前から。


 「俺は、いらない?」


 シャワーから水が流れたまま、翔太くんのシャツに水が染み込んで透けて見える。


 「翔太くんが必要やで、俺には」


 お互いに顔が濡れ、その原因が、涙か水か分からないまま、もう一度唇が重なった。




to be continued