向井side


・・・・・


 「オメガのくせに」

 「エロい顔して誘ってんのはそっちだろ」

 「お前に拒否権なんてない」


 そう言われて、全部自分が悪いんやと思って生きてきた俺を、いつも肯定してくれる人がいたのが唯一の救いやった。


 「康二は悪くない」

 「康二は康二の思うままに生きていいんだよ」


 幼なじみの渡辺翔太は、俺にヒートが始まったときから常に俺のそばにいてくれるようになった。


 「大丈夫か康二っ、」


 翔太くんやってアルファやから、ヒートしている俺と一緒にいるのは辛いはずやのに。


 「んん、‎くるしぃよ、しょたくん…っ」

 「…今、楽にしてやるから、」


 翔太くんは俺の体を壊れ物みたいに大切に扱うし、決して首筋を噛まん。


 「あ、あっ、んん、」

 「康二っ、」


 俺の首筋を噛みそうになると、いつも自分の手を噛む。


 「いたいやろ、?」

 「痛くない」

 「血でてるで、」

 「康二を…噛むよりいいだろ」


 翔太くんはいつだって、俺のことを考えてくれる人やった。

 俺はオメガで、彼はアルファなのに。


 「あ、あ、しょたくん、しょうたくん」


 快楽に落ちて、なにも考えられへんくなるといつも、翔太くんの名前を呼んでしまう。


 「しょた、くんっ、んん、あぁ、」


 俺から零れた頬を伝う涙を拭って、そっとキスをしてくれる。


 「大丈夫か、康二」


 行為を終えるといつもとんでしまって、翔太くんに迷惑をかけるけど、翔太くんはいつも優しいまま変わらん。


 「…ありがと、」


 オメガで生まれたことは、俺の人生最大の失敗やったに違いない。


・・・・・




 「おはよう康二」

 「おはよう!」


 笑顔で挨拶してくれるのは同期の阿部亮平で、手だけ上げてくるのが同じく同期の藤井流星や。


 俺のデスクは阿部ちゃんの右であり、流星の左。


 「康二、体調平気?」


 ヒートの週はまるまる休みを取っとるから、察してくれる阿部ちゃんは、いつも俺のことを気遣ってくれる。


 「ありがとう、平気やで!」

 「よかった!お昼一緒に食べよ〜、流星も食べる?」

 「俺は先輩に誘われてるから行けないわ」

 「なんや残念!じゃあ2人でデートやな!」


 俺たち3人は同期の中でも特に仲がええから、2人がいる場所が俺の安心できる場所や。


 「さあ、みんな集合ー!」


 課長が全員を集める声がした。


 「あれ、今日なんかあったんやっけ」

 「今日から社長の息子が来るんでしょ」


 阿部ちゃんの言葉に、俺と流星は目を合わせてきょとんとした。


 「え、まさか忘れたの!?時期社長になるために全部の課をまわるんでしょ?そしてここが最後!」


 呆れたように説明する阿部ちゃんに、頭が上がらん。


 「わ、忘れてた…」

 「朝からけっこうオメガさんたちが盛り上がってたのはそれか」


 流星の一言に思わず笑いがこぼれてしまう。


 「社長って家族全員が純血のアルファやって言ってなかったっけ?オメガなんて相手にされへんよ」

 「全然愛人でええって言うてたけどな」

 「俺はいややー」

 「まあ康二は真面目だからね」


 阿部ちゃんが仲裁してくれてる間に、話題の社長のご子息とやらが入ってきたようやった。


 「みんなおはよう!今日からうちの課に配属された目黒蓮くんだ。知っている者も多いとは思うが、協力して頑張ってくれよ!」


 一瞬やった。

 目黒蓮と目が合ったその瞬間、動悸が激しくなってついふらついてしまった。


 「お、おい、大丈夫か?」


 流星に抱きとめられ、慌てて立ち直した。


 「ごめん、立ちくらみ…」


 なんなんや、急に。

 感じたことのない胸の切なさに襲われて、思わず下を向いてしまう。


 「ほんまに大丈夫か?具合悪いやろ」

 「大丈夫やから」


 胸ポケットから安定剤を取りだし、急いで飲み込んだ。


 「康二、それ」


 阿部ちゃんが異変に気づいたようにそう言いかけたから、首を振って大丈夫やと伝えた。


 「目黒蓮です、よろしくお願いします」




 さすが純血アルファと言わんばかりの美貌に、そこらじゅうから歓声が聞こえる。


 「あの」


 目黒蓮が口を開いて、俺に目を合わせた。


 「あの、あなた」


 俺?俺なん?

 俺に目を合わせているのか分からんくて、辺りを見渡した。


 「あなたです」


 近づいてきて、目の前に立った目黒蓮にまた少し目眩がする。


 「え、俺ですか?」

 「なんだ、2人は知り合いなのか!」


 ちゃいます課長、勘違いです。


 「あ、いやちゃいますけど…」

 「丁度いい!向井くん、目黒くんの教育係になってもらおうかな」


 いや、なんでや!


 「ちょ、ちょっと待ってください」


 向井くんならしょうがないかぁという声が聞こえて焦って阿部ちゃんの方を向くと、楽しそうに笑っていた。


 「じゃあ今日も一日頑張ろう!」


 みんなが解散していくなか、慌てて課長のもとに急ぐ。


 「俺、知り合いちゃいますよ!それに、俺オメガやしご迷惑おかけすると思いますけど」

 「そんなことないよ、向井くんはうちの課のエースだし、信頼しているからね」


 おかしいわ、ほんまにおかしいぞ。


 「向井さん、よろしくお願いします」


 あー、困った。


 「…よろしくお願いします」


 断りきれず受け入れたその教育係が、俺の人生に波乱を呼ぶ、気がしていた。






 「で、ここは資料室!いつでも入れるで」


 やることになってしまったらしゃーないと思って、できるだけ頑張ってみてはいた。


 「ありがとうございます。お時間取らせてすみませんでした」


 社長の息子だと思って気を張ってたけど、思ったより話しやすくてええ子やな。


 「そんなことないで!いつでも力になるからなんでも声かけてな、わからんことはないやろうけど」


 そう言って苦笑いしていると、目黒くんの手がゆっくりこちらに伸びてくる。


 「向井さんは…」


 フェロモンのせいなのか、圧倒的なオーラのせいなのか、身動きが取れんくなって、再び鼓動が早まりだす。


 「な、なに?」


 目黒くんの手が優しく俺の頬に触れたとき、ズキズキと胸が痛み出した。


 「め、目黒く」

 「俺、向井さんに会ったこと…ありますか」

 「え、?」

 「あの日、路地裏に」


 目黒くんの頬が赤らんでいる。

 なんや、この空気、あかん。


 「めぐろ、くん」


 手を払おうと思っても、思うように動かん体がもどかしい。


 「康二」


 その聞きなれた声に、俺の緊張は解かれた。

 パッと目黒くんの手を払い、声のする方に体を向けた。


 「ふっかさん」



 「どーしたの、顔赤いね」


 目黒くんが視界に入ってへんみたいに俺だけを見て、俺の方に歩いてくる。


 「い、いや、疲れてんのかな」

 「休めよちゃんと、医務室行く?」

 「ええよ、大丈夫です」

 「無理は良くないよ」


 さっきまで目黒くんが触れていた頬を、今度はふっかさんがむにっとつまんだ。


 「あの、お疲れ様です」


 赤らんでいた目黒くんの頬は、すっかり落ち着いていた。


 「あぁ、お疲れ様。目黒くんだったね。深澤辰哉です」

 「はい、目黒蓮です。よろしくお願いします」


 なんだか今度は空気が悪いな、なんなんや、もう!


 「あ、目黒くん!この人は同じ課の先輩やで。俺なんかよりめちゃめちゃ仕事早いから、わからんことはふっかさんに聞いた方がええかもな」


 なんつって。


 「…ありがとうございます」

 「じゃあ行こう康二」


 ぐいっと手を引かれ、転びそうになりながらふっかさんについて行く。


 「目黒くん!今日はお疲れ様やで!」

 「はい!ありがとうございました」


 手を引かれながらも、後ろを振り向いてそれだけ伝えた。


 「康二、あの子と知り合い?」

 「いや、ちゃうと思うけど…目黒くんは会ったことがあるかもって」


 ていうか、力強ない?


 「痛いって、握りすぎや」

 「少し力いれすぎたー」

 「かんにんやでー」


 バカみたいな会話にお互い少し笑てしまう。


 「ほっぺた触られてなかった?」

 「…うーん、なんやろな」


 笑って誤魔化そうとしても、全く納得してない様子のふっかさん。


 「あいつアルファだろ、しかも純血。気をつけた方がいいよ」

 「待ってや、ふっかさんもアルファやん!」

 「俺は純血じゃないからな、バリバリ母親オメガ」

 「そういう問題なん?」


 実際、純血のアルファは更に稀であり、オメガに与える影響も大きくなる。


 「とにかく、お前はもっと自分を気にかけた方がいいってこと!」

 「はぁい」


 分かってんのか!と言って俺の頭にチョップしてくるから少し腹が立った。


 「もう!痛い!」

 「わー暴れてるー」

 「もーたすけてー」


 先輩として気遣ってくれるこの人の優しさにいつも救われた気持ちになる。






 いつもよりなんだか重い体に耐えられんくて、今日はまっすぐ家へ帰った。

 明かりが付いてるのが見えて、少し安心した。


 「ただいまぁ」

 「おかえり」


 リビングのソファに腰をおろしている渡辺翔太の姿が見える。



 「翔太くん、おったんや」

 「おったおった」


 俺からうつった関西弁が、なかなか様になってきたな。


 「…どうした、康二?具合悪い?」

 「なんやろ、ちょっと、体重くて」


 純血アルファに会ったからかもしれんって言おうとする前に、ふらついて倒れてしまった。


 「待てよ、大丈夫か」


 俺をお姫様抱っこして、軽々と持ち上げる翔太くんに男らしさを感じてしまう。


 「ん、ごめ、」

 「謝んな」


 この感じ、少しヒートに近い気が…


 「あ、れ、康二…なんでフェロモン…っ」


 やっぱり。


 「まって、ごめん、ヒートかも」

 「だってこの前終わったばっかじゃ」

 「今日、じゅんけつのっ、アルファに…」


 説明できないまま、体中が熱くなっていく。


 「は、あ、帰って、翔太くん」

 「…しよう、そうすれば収まるだろ、」

 「いややない、?」

 「康二の役に、たてるなら」


 優しくベッドに押し倒されて、天井を背景に翔太くんを見つめる。

 これでもう、何回目やろうか。


 「ん、しょうたくんっ、」

 「康二」


 なんでそんなに優しく俺を呼ぶの?


 「はぁ、ん」


 翔太くんの手が俺の腰に触れると、思わず浮かせてしまう。


 「いやだったら、止めろよ」


 こくこくっと頷いて翔太くんを、受け入れる。


 「はああ、んっ」


 肌がぶつかる音が部屋中に響きわたって、恥ずかしくなる。


 「ん、んん、あ、あ!」

 「ふ、」


 何回したかもうわからんのに、何回したって慣れないこの行為は、相手が翔太くんやからやろか。


 「んま、まって、や、!」


 肘を掴まれて四つん這いにされ、後ろから突かれる度に、声が漏れる。

 

 「こうじの腰、折れそうっ、」


 掴まれていた肘が解放され、今度は腰をガッチリと固定される。


 「や、やだ、ん、んん」

 「やなの?」

 「あ、あん、うんん、っ」


 反射的にやだって言ってまうのを分かってるみたいに、妖艶に微笑んでくる。


 「はぁ、ん、しょた、んあっ」

 「こっち向け」


 行為をしてるとき、本能からの支配欲が彼を蝕んでるのがよく分かる。


 「ん、なんや、ああ、!」


 今度は仰向けにされ、両手をベッドに押し付けられたまま奥へと進んでいく。


 「あ、あん、ふぅ、」


 唇が重なり、舌が交わる度にぞくぞくと電流が走る。


 「んも、しんどっあ、ん、ふ」


 持ち上げられた俺のふとももに舐め、甘噛みされるとまたひとつ、翔太くんにつけられた跡が増えた。


 「康二、!俺のこと…すき?」

 「あ、はっ、すきぃやで」


 決して恋人ではあらへんのに、翔太くんは最近こうして聞いてくる。


 「うそつけっ、」

 「なんで、?んん、!」


 酸素を取り込もうと必死に開いていた口に翔太くんの指が入ってきて、舌をつままれる。


 「この舌も、吸いたくてたまんないんだよっ!」

 「ふん、ん、」

 「ちぎってやりたいぐらい」

 「やめれや、」


 上手く話せない。

 翔太くんの指は俺の口を広げて、唾液を舐め取られる。


 「舐めちゃだめ?」


 俺の伸びた舌見て、翔太くんも舌を出す。


 「だ、めや」


 近づいてきた翔太くんの舌が、もう少しでくっつきそうになる。


 「舐めたい」


 翔太くんの舌から唾液が零れて、俺の舌を伝う。


 「っん、」


 なんとなく伝わってた翔太くんの気持ちも、一緒に零れてきたみたいやった。


 「ええよ」

 「え?」

 「舐めて?」


 再び舌を伸ばすと、翔太くんは優しく俺の舌を噛んだ。


 「…やべ、我慢できなくなる」


 堪えるように自分の手を噛みながら、腰を激しく打ち付けた。


 「は、はあ!ん、しょた、くん」

 「…きだ、」


 俺の喘ぎ声にかき消された3文字は、なかったことになって消えてしまった。


 「ん、!」


 翔太くんの背中をめいっぱい引っ掻いて、俺は意識を失った。







 「ん、」

 「おはよ」

 「ん、?」

 「おはよ」


 なんで翔太くんがおるんやっけ。


 「あ、」

 「思い出したみたいな顔してる」

 「ごめん、俺また迷惑」

 「俺が勝手にしたことだろ」


 まるで俺のこと、好きみたいや。

 好きみたいに、見つめてくる。


 「…しんどいやろ?俺とするの」

 「なんで?」

 「噛みたなるやろ、いつも自分の手噛んでるやん」

 「それは、うん」

 「せやから、しんどいやろ?」

 「俺がしんどいより、康二がしんどいほうが嫌なんですけど」


 翔太くんの手にはいつも傷がある。

 頻度は多くないのに、噛み跡が残ってるのは、それほど強く我慢してる証拠やから。


 「無理さして…ごめ」


 言い終わる前に抱きしめられた俺は、また謝ることができんかった。


 「謝らないで、お願い」


 今はただ、翔太くんの優しさと温かさに包まれていたかった。






 「な、なんで、?」


 おかしい。おかしすぎる。

 昨日あんなにしたのに、どうして今ヒートがくんの!?


 「あれ、康二どうした?」


 そうや、阿部ちゃんはベータやから、わからんのや。


 「な、んでもない!」


 急いで走ってトイレに向かおうとする。

 薬を胸ポケットから探しても見つからん。

 もう、なんでなん!?


 「は、あ」


 翔太くん、!


 「あれ、康二」


 ぼすっと前から歩いてきたふっかさんの、胸に収まってしまう。


 「あれ、ん?」


 フェロモン垂れ流しの俺に気づいたようで、少し俺から離れたふっかさんは、苦しそうな表情をしていた。


 「どした、お前」

 「わからんから、今日はもう」


 向こうから目黒くんが歩いて来るのが見えた。

 ドクンと心臓が高鳴って、体中が熱くなる。


 「やばい、絶対目黒くんや」

 「え?」

 「お、俺」

 「ちょっとこっち来い」


 ふっかさんに手を引かれ、空き室に入った。


 「しんどいの?」

 「もうそんなこと言うとる場合やないぐらいしんどいです」


 翔太くんがいたら。


 「俺でもいい?」

 「へ、」

 「俺でもいいなら、するけど」


 なに、なに、なに?


 「でも俺以外にここで助けてくれる人いなくない?」

 「え、」

 「ほら、こっちおいで?」


 アルファ特有なんか、これも。

 翔太くんもそうやけど、こういうときの彼らの目に逆らえたことがあらへん。


 「ふ、かさん」


 思わず、足が動き、ふっかさんに近づいてしまう。


 「ね、どーする?」


 迷う暇もないほどに熱くほてった体が、ふっかさんに寄っていく。

 心底、こんな自分が嫌になる。

 結局、求めるのはアルファの体だけや。


 「してください」

 「…後悔しないでね」


 そのまま、なめらかに唇が重なった。


to be continued