向井side


 夏の始まり。俺は奈良から東京へ転校してきた。


 「なんか東京って暑いな」


 新しい制服に身を包み、ネクタイを締めると、すっかり東京の高校生みたいやった。


 「いってきまーす!」


 一人暮らしの部屋に挨拶をして、学校に向かって歩き出した。


 歩き出したんやけど、迷った。

 

 「ここ、どこや?」


 地図アプリを開きながら歩いていたのに、地図がぐるぐる回りだして、どっちに進むのか分からんくなってしまった。


 「まって、遅刻やでこれは」


 とりあえず本屋さんを通り路地を曲がる事にすると、ぐっと腕を誰かに引っ張られた。


 「おいおい、お前転校生だろ」


 塩顔の同じ制服を着た高校生だった。


 「へ?そうやけど…」

 「そっちじゃねえよ、本屋の前まっすぐ行くんだ」

 「そうなんや!ほんまにありがとう!」


 俺を掴んでいた手を取って両手で握った。


 「べ、別にいいよ。一緒にいこうぜ」

 「優しすぎるやーん!名前は?教えてよ!」


 彼は、俺の目を照れた様子で捉えた。


 「渡辺翔太」


 そう言った。



 「渡辺翔太…!しょっぴーって呼んでもええ?」


 絶対信じてもらえないけど、俺はかなり人見知りやった。だから、すごい勇気を出して言ったんやけど心配はいらんかった。


 「なんだそれ笑 べつにいいよ。名前は?」

 「俺は…向井康二!」


 それからしょっぴーも俺も2年生だということが判明した。


 「康二はどこのクラスに入るの?」

 「先生にはB組やって言われてるで」

 「ほんとに!?俺B組なんだけど!」

 「ほんま!?これって運命やん!」


 そんな話をしながら、高校に向かい、しょっぴーに職員室まで送ってもらった。


 職員室で先生と話を終え、先生と一緒に移動することになった。すみっこで先生を待っていると、どんっと肩がぶつかった。


 「わっすみません!」

 「ごめんごめん、痛くない?」


 上履きの色は紫。3年生や。


 「全然大丈夫です!」

 「ごめんなあ、んーと2年生?」

 「そうれす!」


 あ、噛んでしもた。


 「ふはは!うける!なんか関西弁?なの?」

 「俺転校してきて、やから奈良から来ててっ」

 「へ〜そうなんだ!名前は?」

 「えっとそのっ」


 そのとき、先生に背中を叩かれた。


 「行くよ向井」

 「あっはい!」

 「おい深澤〜、2年生いじめんなよ」

 「いじめてないじゃん!」

 「はいはーい、勉強しろよー」


 深澤さんて言うんやな。


 「まってまって!」


 先生と歩きだすと、再び、深澤さんに呼び止められた。


 「もーなんだよ深澤!HR遅れるぞー」

 「先生じゃないよ!きみ!」

 「お、おれ?」


 ぐんぐんと俺のほうに近づいてくる。


 「俺、深澤辰哉」



 「ふ、かざわ先輩」

 「きみは?」

 「向井康二ですっ」

 「康二!」


 ぱっと表情を変え、先生にごめんね〜と謝って階段を上がって行った。


 「深澤に気に入られちゃったんだなー笑」

 「え、ええ!そうなんですか?」

 「でもまあ、悪いやつじゃないからな」


 はい、着いたよと2年B組まで案内される。


 「さあ、一緒に入ろうか」


 ガラっと扉が開いて、教室にはいる。


 「はいはい、静かにー!転校生の向井康二くんです!仲良くするんだよ。じゃあ、一言どうぞ」

 「えーっと、奈良から来ました向井康二です!分からんことたくさんあるので教えてください!よろしくお願いしますっ」


 お辞儀をして、顔をあげると後ろの席にはしょっぴーがいた。


 「朝も渡辺と来てたし、仲良いんだと思って席は隣にしといたけど大丈夫?」

 「え!いいんですか?ありがとうございます!」


 晴れてしょっぴーと隣の席になった俺は、満面の笑みで彼のもとに向かった。


 「よろしくな!」

 「よろしく康二」


 足りない教科書を借りながら無事に1日を終えた。


 「さあー帰ろうぜー」

 「しょっぴー部活は?してないん?」

 「俺バスケ部だよ。今日はオフなんだ」


 2人で荷物を揃え、一緒に帰ることになった。


 「康二の家ってどこら辺なの?」

 「今朝あった本屋の方やな」

 「俺ん家もそっちだわ」


 下駄箱で靴を履き替え、玄関に出る。


 「康二!」


 きらきら輝く笑顔で俺としょっぴーを出迎えたのは深澤先輩だった。


 「深澤先輩??」


 俺を見てにこっと笑うと、目線はしょっぴーの方に動いた。


 「あれ、なべと仲良いの?」

 「ふっかこそ、なんで康二を知ってんの?」


 なんや、この険悪な空気は!!!


 「ええとー、しょっ…渡辺くんとは席が隣で、深澤先輩とは今朝職員室で会ったんよ」


 しょっぴーは睨んでるけど、深澤先輩はにやっと笑っている。


 「え、あー、深澤先輩なんかあったんですか?」

 「うーん、あったんだけどね笑 なべが怖いからあいつがいないときにまた会いに来るよ」

 「えいいんですか?」

 「うん、またね〜」


 ひらひらと手を振って帰っていってしまった。


 「しょっぴー、深澤先輩と仲悪いん?」

 「仲悪いわけじゃないけど」


 いやいや、明らかに仲悪いやろ。笑


 「なんでやー、教えてよー」


 うつむくしょっぴーの顔を覗き込む。


 「もー!また今度教えてやるから!帰るぞ!」


 なぜか顔が真っ赤になったしょっぴーは、俺を置いて歩き出した。


 「ちょ、待ってや!」


 家に向かってお互い歩いているんやけど、しょっぴーが家に着く様子はない。


 「俺もうそろそろやで?」

 「え、俺も。俺ん家アパートだから」

 「俺もアパートやけど」


 ん??

 本屋を通っていった方には、アパートは少ない。

 そのとき、我がアパートが見えてきた。


 「ここや」

 「ここだ」


 え!?


 「え、ここ?」

 「せやで、ここの2階」

 「俺も2階」


 え!?


 「俺は206やで」

 「207…」


 えええー!!??


 「お隣さん、やったんやな」

 「挨拶ぐらい、しに来いや」

 「だっておかんが東京は冷たいとこやから、挨拶なんていらんって」

 「否定はしないけども」


 向井康二と渡辺翔太は、お隣さんやった。


 「せっかくなら明日から一緒に学校いこうぜ」

 「ええの!?助かるわ」

 「いいに決まってんじゃん笑 じゃあまた明日な」

 「またな!ありがとう!」


 部屋に戻り、明かりをつける。

 今日は色んなことがあったなあ。


 しょっぴーに深澤先輩。濃い1日やった。

 ベッドに横たわり、目をつむる。


 「でもなんも、思い出さへんなあ」


 俺が東京に来たのには、理由があった。

 親の転勤とかではない、理由が。


 「またなんも思い出されへんのかな」


 ベッド横のライト台の上にのっているアルバムを手に取る。


【康二12歳】


 そこから並ぶ写真には、見覚えがない。

 そう、12歳の頃の記憶が無いんや。

 俺は、12歳の頃の記憶だけを失った。


【5月12日 動物園 蓮くんと一緒に】


 幼い頃から、俺は体が弱かった。それが酷くなってきて、12歳のとき、東京の病院にかかるようになったんや。


 【7月22日 プール 蓮くんとお揃いの浮輪】


 病院のおかげなのかじょじょに体調はよくなっていって、奈良に戻れそうやと言われていた。


【8月8日 蓮くんと一緒にお祭り】


 ただ、東京におる俺は、いつも「蓮くん」と一緒におる。


 【11月4日 蓮くんとお別れ】


 この日だけ、写真がない。

 この日、俺は事故にあった。


 事故にあったこの日から、2週間して俺は目覚めて、記憶を失っていた。


 失った記憶は12歳になってからのものが多くて、自分が誰なのかすっかり分からんくなったわけではなかった。


 だから、この【蓮くん】の記憶だけはすっからかんや。12歳のときにしか関わらなかった【蓮くん】


 「この子に会えば、なにか思い出せると思うんやけど」



 「会いたいなあ、蓮くん…」


 にっこりと微笑む蓮くんに触れてみる。


 そんなこんなで、成人するまでには記憶を戻したかった俺は、東京までやってきた。

 奈良は好きやし、両親、友達も大好きやけど、自分の大切な記憶は、失いたくなかったんや。


 それに、思い出さなきゃいけない気がする。

どうしても。


 それがなぜなのかは、今は分からなくていいんや。




 目覚ましがなり、目を覚ます。


 「もう、朝かああ」


 一人暮らしだと堕落してしまうから、気をつけんとな。

 朝食を食べ、身なりを整えたら、しょっぴーに連絡する。


 《準備できたでー!行かん?》

 《俺もー》


 扉を開けると、そこにはしょっぴーがいた。


 「おはよ!ええ天気やな」

 「おはよう康二」


 また今日から記憶のために頑張らんと!

 気合いを入れて歩き出す。


 まさか、【蓮】くんに会うことになるとも知らずに。



to be continued