深澤side


 「もしもしぃ、どしたあ」

 「…しい」

 「んぁ?聞こえないよ康二」


 康二に最後に会ったのはいつだったか。

 2週間ほど前だった気がする。


 「さびしい」


 幸せなことにタイドラマの主演を任された康二は、全ての仕事を並行させながら毎日飛行機に乗るような毎日を送っていた。


 「…こうじ」

 「ごめんやっぱなんでも」

 「今どこ、タイ?」


 メンバーに共有されるスケジュール通りに進むとは限らないようで、康二が日本にいる予定の日に連絡したとき、まだタイにいると返信がきたのを思い出して、そう尋ねる。


 「…家」

 「会いに行くよ」

 「ええよ、ふっかさん忙しいし」

 「会いたくて電話したんじゃないの?」


 すぐ泣いてすぐ甘えてくる昔の康二は少し成長して、俺の前でも強がるようになった。


 「今2時やし」

 「俺に会いたいんじゃないの?」


 鼻をすすっていること、気づいてるよ。


 「…俺な」

 「うん」


 開け放たれたベランダの扉から入る夜風が冷たくて、ジャケットを羽織った。


 「俺な、強くなりたいねん」

 「うん」

 「タイで上手くいかんことたくさんあるけど、結局助けてもらってばっかやし」


 ベランダの扉を閉めて、少し急ぎ足で靴を履いて外に出る。


 「日本に帰ってきても、グループの仕事なんもできてへんし」

 「そんなことないよ」

 「みんな気にすんなドラマ頑張れって言ってくれて、せやのに弱虫ですぐ泣きたくなるし」


 いくらタイにルーツを持つといっても、ドラマで主演を務めるためにはまだまだ力が及ばなかったはずだ。どれほどの努力をしたのだろう。


 「ほんまはふっかさんにこんな風に弱音吐きたないしっ、…」


 ちょうどマンションの前に止まっていたタクシーに飛び乗って、行き先を伝える。


 「ふっかさんやって大変やのに、俺いつも」

 「康二」


 タクシーが蛍のように闇を駆け抜ける。

 早く会って、抱きしめてやりたくて、自然と拳に力が入る。


 「弱虫なままやで、こんなんじゃ俺」


 俺と康二が違う人生を歩んできたのも、これからもそれぞれの人生を進んでいくのも、十分よく分かっていた。


 「もう着くから」

 「…え?」

 「お前ん家着くから、もう泣くな」


 それでも、別々の俺たちの人生を交えたいと思えるほど、愛おしい人だ。


 「ごめ、俺…ふっかさ、忙しいのに、俺」

 「俺が会いたかったの」


 康二が泣くと、俺も夜の闇に飲まれそうになる。

 太陽が沈む夜は、夜の外灯だけを頼りに歩いてしまう。


 「お客さん、ここで合ってますか?」

 「はい、ありがとうございます」


 お金を払ってタクシーを飛び降りると、運転手に呼び止められる。


 「お客さん!」

 「あ、はい?」

 「素敵ですね」


 康二のマンションは、周りが明るいところに立っている。ひっそりとした夜に暗くなる場所だと寂しいのだと、以前話していたのを覚えている。


 「ありがとうございます」


 お辞儀をして、再び耳にスマホを当てる。


 「康二、開けて」

 「…うん」


 眠らないこの街の光のように、俺もその一部になって、迷路に迷い込む康二の手を手繰り寄せたい。


 「開けた」


 駆け足でエレベーターに乗り、階数を選ぶ。

 扉が開いて、呼吸を整えながら彼の部屋の前に立つ。

 どんな甘さも苦さも、康二の願いと希望を秘めて、夢に向かっていることを俺は知っている。そんな康二の背中を守るのは、俺だけで十分なのだ。


 「着いたよ」

 「ふっかさん、!」


 開いた瞬間に俺の名前を呼ぶ、生の康二の声。

 久しぶりに、聞いた。


 「ごめんなさい、」

 「なんで?」

 「無理さして…」

 「大丈夫、俺が会いたかったんだよ」


 ほとんどの人が眠っているであろうこの時間に、俺は康二に会いに来た。


 「俺が弱いから」


 そして康二は、ほとんどの人が眠っているであろうこの時間に、ぼろぼろと涙を零して頭を抱えていた。


 「お前が強いから」

 「…ひ、」


 ぎゅーっと力強く抱きしめると、背中に腕が回ってくる。


 「康二が強いから、そんなに頑張れるんだよ。かっけえよ、ほんとに、尊敬する」


 さまよい歩いて、光が見えるまで諦めない貴方が、弱いはずないのだから。


 「…ふっかさぁ、」

 「太陽にも、たまには休憩が必要だろ」


 康二に闇は似合わない。

 

 「…俺より大変な人なんてたくさんおるのに」

 「あはは、面白いこと言うね、毎日飛行機に乗ってるやつがよく言うよ」

 「…ごめんなぁ、ふっかさ」

 「今俺が聞きたいのはそんな言葉じゃないよ」

 「…え?」


 俺の胸から顔を上げた康二の頬は涙で濡れている。


 「康二はさ、俺に会いたかった?」

 「…会いたかったぁ、!」

 「うん、それが聞きたかったよ。俺も、すっげえ会いたかったから」


 抱き合うと互いの体温が感じられて心地いい。そこにいるのが、よく分かる。


 「…ふふ、ふっかさん」

 「ん?」


 ぴょこっと再び顔を上げた康二は優しげに微笑んだ。


 「ふっかさんに会えたら、なんだか気分上がった。元気になってもた」

 「ふはは、それが目的で来たから、嬉しい」


 その笑顔を見たくて、どんな暗闇の中でも傍に行くのだから。


 「ふふふ、しあわせ、かも」


 俺の太陽。

 眠らずにずっと探していた、俺の太陽。

 やっと出会えた。


 「だいすき」

 「俺もだよ」

 「ふっかさんを支えられるように、俺もっとがんばる!!」

 「大丈夫、もう十分だよ」

 「いっつも泣くのは俺やもん、今度はふっかさんを泣かせて、ちゃんと支える!」

 「いや別に、泣くようなことがないほうがいいんだけどね」

 「でも悔しいから!」

 「…あほだねえ」

 「その真面目な顔で言われると傷つきますよ」

 「あはは、ごめんて、拗ねんなこーじ」


 もう本当に十分だよ。

 あの日、少しだけ、少しだけ心がいっぱいになったとき、俺の泣き声だけが響くなかで、背中を優しくさすってくれたこと。


 「でも頑張らせてえな、もっとかっこいい男になるから」


 俺は忘れないよ。


 「はいはい、頑張ろうね康二くん」

 「うん!」


 がんばる、が口癖の太陽は、きっと明日から通常運転で笑顔を届けるはずだ。

 いや、違う。通常運転なんかじゃなくて。

 輝きは増していく。

 ずっと隣で、照らし続けて。

 夜の闇にも、負けないぐらい。



fin.