渡辺side


 「翔太、最近なんかあった?」

 「なんもないけど」

 「そう?」


 幼なじみの宮舘涼太が経営するバーで酒を飲んでいた。


 「…涼太さ、恋ってなに?」


 この歳にして、この質問をすることになるとは。


 「はははっ、なにそれ」


 爆笑している幼なじみを見て、質問しなきゃ良かったと後悔した。


 「へいへい馬鹿にしやがって」

 「なんでよしてないしてない」


 グラスを俺の前にコツンと置いて、涼太はすーっと息を吐いた。


 「信じられないぐらいその人のことを考えるし、独り占めしたいって思うし。理屈じゃ測れないよ」

 「…寝る前にそいつのこと考えちゃうのは?そいつがいる夜といない夜じゃ寂しさが違う気がするし。それに…あいつがいれば俺の見える景色に色がつくんだよ」

 「他には?」

 「…康二がいなくても、これ似合うなって思ったら買っちゃうし。理由がなくても会いたいし。LINEの通知が鳴ったら、いつも康二だと思っちゃうし。ほんとにずっと、俺の頭の中にいるんだ」


 再びくすっと笑った涼太は、嬉しそうな顔をしているように見えた。


 「分かってるんでしょ翔太。その気持ちの正体」

 「…だとしたら、初めての感情すぎて追いつけねえわ」

 「死ぬほど元カノいるくせにねえ、不器用すぎるよ翔太は」


 でもね、と言って、涼太は俺の目をまっすぐ捉えた。


 「康二くんは、俺じゃないからさ。幼なじみじゃないんだから。言わなくても分かるとか思うなよ?」

 「え?なんで名前…」


 さっき勢いあまって名前を出していたことに気がついた。


 「思わず名前呼んじゃうくらい頭の中にいるんでしょ?」

 「…うん」

 「翔太のそういう不器用なところ、いいところでもあるけど、直さなきゃいつか離れていっちゃうと思うよ」



 そんなのわかってる。

 もっと大切にしたい。


 体を重ねたあとの朝、康二がどんな顔をしてるのか想像すると、どうしても横にいれなかった。


 泣いてたらどうしよう。

 嫌な思いしてたらどうしよう。

 本当は、俺のこと好きじゃなかったらどうしよう。



 「逃げんなよ、翔太」

 「わかってる」


 今度こそ、朝起きたとき、康二の隣にいたい。

 その資格がほしい。

 もう逃げたくないから。






向井side


 「おかしいやろ!?なんで朝起きたらおらんねん!やりすてぽいかい!」

 「おいおい落ち着けって」

 「俺で発散してほんまは本命がおるんやないの!?なにが付き合おうやふざけんな!」


 酔ってる。俺は酔ってる。


 「康二、大丈夫だから、な?」


 ぽんぽんと頭を撫でてくれるふっかさんが、今日も隣にいてくれる。



 「…あかん、俺このままじゃあかん」

 「どういう意味?」

 「俺は…翔太くんと体だけで繋がるつもりはないねん」


 もうずっと翔太くんの悪口を言い続けてる。


 「…じゃあ、別れたら?」

 「意味わからんこと言ってええ?」

 「ん?」

 「それでも俺、翔太くんが大好きなんや」


 涙がぽろっと流れる。

 ふっかさんは、そんな俺をそっと抱きしめて、背中をさすってくれた。


 「俺なら、康二を泣かさないよ」

 「え?」

 「…いや、俺ならもっと大切にするのにって思っただけ!俺はモテ男だからね」


 にひひっと笑うふっかさんにつられて笑顔になる。


 「ありがとう」


 いつも助けてくれるのは、ふっかさんやのに。

 あなたを好きになれたら、幸せやのに。






 酔った俺の腕を取りながら、ふっかさんは俺の家まで連れて行ってくれる。


 「ごめんなぁふっかさあん」


 1人じゃ歩かれへん。


 「いいよいいよ、これくらい」


 距離が近いから、ふっかさんの匂いがする。

 あの甘い、せやけど落ち着いた大人の匂い。


 「…ふっかさんの匂いすきや」

 「匂い?」

 「落ち着く」


 そういうとふっかさんは目を細めて笑った。


 「匂いだけが好きなの?」

 「へ?」

 「俺のことは?」


 珍しいなこんなこと言うなんて。


 「もちろんだいすきやで?」


 ぽんぽんと頭を撫でられれば、またふっかさんの匂いが広がった。

 ふっかさんは俺の頭を撫でるのが癖やから、その度に猫みたいな気分になる。


 「ほら着いたよ」


 鍵を取り出そうとして、あたふたしていると、目の前の扉が開いた。


 「…康二?」

 「しょうたくん、」


 来てたんや。


 「康二、もしかして…」


 小声で俺に耳打ちするふっかさん。


 「この人がしょうたくんやで」


 そう言って、こくんと頷いた。


 「康二、その人誰?」

 「ともだちや」

 「友達?」

 「ともだち」


 ふっかさんを足の先から頭のてっぺんまで値踏みするように見ているから、少し苛立った。


 「…うちのがご迷惑おかけしました」


 強い力で腕を捕まれ、ぐいっと翔太くんのほうに寄せられた。


 「いえいえ、普通に送ってきただけですから。康二を1人にするの、俺は怖いんで」


 俺の手首を握る力がどんどん強くなる。


 「いった、い」


 俺の声が届いたのか、はっとした表情になった翔太くんは、俺を彼の背中の後ろに隠してしまった。


 「しょうたくん?」

 「お名前お伺いしても大丈夫ですか?」


 今度は、俺の声なんて聞こえてへんみたいや。


 「深澤辰哉です」

 「…お時間取らせましたね」


 翔太くんは、再びお礼を言ってからふっかさんを取り残して、そのまま扉の向こうに俺と姿を消した。



 「しょうたくん、!ふっかさんに中入って休んでもらおうと思うてたんよ!?」

 「お前、あの人のこと好きなの?」

 「は!?何言うてんの?」

 「そんなやつのこと家の中に入れんな」

 「そんなやつって言わんといて!」


 さっきから翔太くんの態度に腹がたってしゃーない。だっておかしいやろ!?


 「お前…俺のこと好きなんじゃねえの?」


 なんで今それ聞いてくんねん。


 「それとこれとは関係ないやろ?」

 「あるだろ。恋人が嫌だって言ってることすんな」

 「…なんで嫌なん?翔太くんかて、たくさん女の子と遊んでるやろ!?俺が知らんと思った?」


 翔太くんとの共通の友達から、そういう話聞いてるんやで?


 「関わろうと思って関わってない。仕事の飲みの席にいただけ」

 「…俺やってふっかさんとは」


 全て言い終える前に、唇が塞がれた。


 「ん、しょたくん、」

 「もうこれ以上他の男の名前呼ぶな」


 なんでそんな苦しそうなん?


 「まって、?なんかあったん?話聞くで」


 そんな問いかけも虚しく、腕を引かれ、乱暴にベッドに倒される。


 「ねえっ!」


 懸命に声をかけても、俺の上に跨った彼は、俺の頬に手を伸ばす。


 「しょうたくんてば!」


 ぱっと彼の大きな手で口を塞がれれば、また首筋にキスが落ちる。

 こうなれば、もう止められない。

 どんどん渡辺翔太に堕ちていくだけや。






渡辺side


 康二の首筋に舌を這わせたときに、ふわっと香る匂いが好きだった。

 康二の香りに包まれるその瞬間に、無駄に安心感を覚えた。



 「…くそっ」


 なのに、なんだよこの匂い。


 「しょうた、く」


 太陽みたいな匂いじゃない。

 あのときと同じ、他の男の甘くて少し妖艶な香り。

 こんなの、康二の匂いじゃない…!!


 「んは、」


 強引に唇を奪い、舌を絡めれば、康二の甘い声が漏れる。


 「ま、って」


 彼に触れるたび、動機したみたいに甘い声を出すから、それもまた愛らしい。


 「あは、ん、」


 下唇を必死に噛んでるから、少し血が出てる。


 「…だから唇噛むなって」


 再びキスを落とせば、涙で焦点が合わなくなった瞳が、必死に俺を捉えようとせる。


 「しょうたくん、すきやで、」

 「…ん」

 「すきやから、ちょっとまってや、」


 そのまま康二の腰を掴んで、うつ伏せにさせる。

 細い腰にキスを落としてから、ひとつになる。


 「あは、ん、あ、!しょうたく、っ」

 「ん?」

 「すきやぁ」

 「うん」

 「だいすきやで、」


 こんなに好きだと言ってくれてるのに。

 こんなに名前を呼んでくれるのに。

 自分でも、なにが不安なのか分からない。

 分からない。ずっと分からないままだ。


 「あ、あ!ん、しょたくん、」


 後ろから腰を振って、よく分からない感情をのせて康二にぶつける。


 「も、むり、」


 康二が果てても、むりだと泣いても、構わなかった。


 「しょうたくぅ、ん」

 「かわいいね、康二」

 「え、」


 後頭部にキスをして、再び腰を振る。

 肌と肌がぶつかる音が部屋中に響く。


 「あ、あ、っん」

 「おれのことすき?」

 「すきぃ、」

 「ほんと?」

 「は、あ、すき!すきや、だいすき、っ」


 心地いい。

 康二の声は、聞いてると落ち着くんだ。


 「も、まって、?あ、!」


 いつのまにか康二の声は枯れ始めていて、彼の自身からは、なにも流れでなくなっていた。


 「げんかい、や、っしょた、?」


 パシンっと彼の尻を叩いた。


 「いた、っん、」


 涙で濡れた顔をこちらに向ける康二に愛おしさが募る。


 「いたいって…っしょたくんっ、」

 「…ごめん、赤くしちゃった」


 赤く腫れた部分を優しく撫で、キスをした。

 首を横に振り、ええよと言う彼を見るとまた欲情してしまう。


 「なっ、もう大きくせんといてっ、」

 「康二がわりぃ、」


 うつ伏せだった彼を、今度は仰向けにして、足を持ち上げ肩にのせた。

 涙が溢れた瞳も、汗で濡れた髪も、赤く染まった体も、なにもかも、康二の全てが愛おしい。


 愛おしい_?


 本当はずっと前から気づいていたこの感情。

 これはきっと。

 俺は、康二のことが__ 。


 「康二が好きだよ」


 驚いたように、康二は目を丸くした。


 「へ、」

 「お前は?」

 「へ、ちょ、ま」

 「康二は?」

 「おれはすきやもんっ、!!」


 康二に爪をたてられた背中に汗が流れ、染みて痛みが走る。


 「しょ、たぁ」


 康二にしがみつかれるのも、すごく嬉しい。

 俺はすぐ体の関係に頼ってしまうから、体を重ねることで愛を表現することしか知らなかった。

 でも、今度は。

 康二には、ちゃんと伝えたい__ 。






向井side


 いつもどおりにアラームが鳴った。

 何気なく目を開けたとき、そこには、翔太くんの姿があった。



 「へ、」


 驚いて声が出えへん。

 起き上がろうとしても、体中があちこち痛くてむりや。


 「しょ、しょうたくん?」


 起きんなぁ。

 それにしても、綺麗な顔や。


 「翔太くん」


 調子にのって、ピアスに触れてみる。


 「好きやで」

 「知ってる」


 目を開けた翔太くんに驚いて、思わず大きな声を出してしまうけど、また腰が痛んだ。

 

 「お、起きてたん?」

 「今起きた」


 横になったままの俺の代わりに、翔太くんが起き上がった。


 「…体、痛い?」

 「痛いわ」


 今まで、手紙に書かれていたことを、自分の口で聞いてくれている。

 それが嬉しくて嬉しくて、涙がこぼれそうになる。


 「ごめん」

 「なんで謝んねん」

 「…酷くしすぎたよな」

 「…翔太くん」


 翔太くんの唇が、俺の頬にキスを落とした。


 「ちょ、」

 「康二、好きだよ」

 「え、え、なんなん急に、その、え?」

 「…今まで、したあとの朝、いなくてごめん」

 「やっぱり…わざとおらんかったんや」


 避けられてたんや。

 翔太くんは、ほんまは俺のこと__ 。


 「うん、わざとだった。怖かったんだ、康二に拒否られるのが」

 「きょ、ひ?」

 「いつも俺がむりやり、その、してたから」

 「そんなことないやん、俺は嫌やなかったよ?」

 「でも、いつも体ばっかだったろ?」

 「…それはな、腹たってた確かに」

 「ですよね」


 いつになくしおらしいから、途端に責められなくなる。


 「俺、体ぐらいしか分かんなかったんだよ」

 「なにが?」

 「愛情表現…?」


 まってや。


 「言葉で伝えんの、苦手だから」


 それじゃ、ほんまに?


 「もしかして、翔太くん、ほんまに俺のこと好きなん?」

 「そう言ってんじゃん、好きだって」


 ずっと聞きたかった言葉に、涙が流れる。


 「こ、康二!?」


 翔太くんの指がすっと俺の涙を拭ってくれる。


 「ほんまにぃ…!?」


 昨日も死ぬほど泣いたのに、またぼろぼろ涙を流してしまう。


 「泣くなよ、康二」

 「翔太くん、!」


 頑張って起き上がって、翔太くんに抱きついた。


 「お前はほんとに太陽みたいだな」

 「太陽?」

 「あったかくて、いつも俺みたいな人間のことを照らしてくれる」

 「そんなことないのに」

 「…だから、あんま他の人のことまで照らさないでよ」

 「え?」


 腰に腕を回し、優しくさすってくれる。


 「フラフラしないで。俺だけの太陽でいて?」

 「俺、そんな甘いこと言われても会いたい人に会うで?」

 「…わかってるよ」

 「でも、俺は翔太くんだけのもんやで!」


 にこっと笑えば、翔太くんも笑顔を見せてくれた。


 「好きだよ」

 「俺も好きやで!」


 翔太くん、こういう顔するんや。

 まるで俺のことが好きで好きでたまらんみたいな、そんな表情や。


 「これからは、もっと恋人っぽいことさせてください」

 「…ええの!?」

 「デートしたり手繋いだり?あとなに?」

 「なんでもええの!そこに翔太くんがおれば」


 そういうとこが好きだよって言って、またキスしてくれる。


 「翔太くん、甘々すぎて耐えられんよ」


 珍しく真っ赤に染まった頬を見せた翔太くんの唇に、自分からキスをした。




to be continued