マナリ経由でレーを目指していた僕ら4人は、ここに来てあっさり分裂した。

野口さんはハイヤーのチャーターを主張し、スドーくんはスドー君で
マナリが気に入ったんで当分ここに居座るという。
『余分な金は掛けたくない派』の僕と高木さんだけが結局、
本当にあるかどうかも定かではないバスを求めて
この先の町キーロンに向かうことになったわけだが・・・・
「そこまで行けばレー行きのバスがあると思いますか、高木さん?」
「わっかんねえなあ。去年まではそのキーロンが定期バスで行ける
このルートの北限だったらしいけど。紙面とか表示とか、明確な証明が
何一つ無いってえのがなんとも・・・」
「デスヨネエ・・・」
どうにも不安を払拭することができない。
まあうだうだ考えても仕方ないし、なるようにしかならん。
なので開き直ることにした。
正直時間だけは売るほどあるからね、僕たちは。
(当時は愚かにもそう思っていた。なにせ若かったから。)
 
朝7時、僕と高木さんはマナリ発キーロン行きのバスに乗り込む。
ところがバスは生憎と満席状態、チベット系を始めとしたインド人、
そして夜逃げかと見紛うほどの手荷物で溢れかえっていた。
当然僕ら二人は立ったまま移動することを強いられるのだが
これが失敗であったと直ぐに痛感することになる。
「あだだだだだ・・・・・。」
キーロンへと至る道は海抜4000メートルを越えた高地を通過する。
それはそれはビックリするぐらい見事な絶景が続くのだが、
僕にとっては初の高地体験、そして体が慣れてない人間ほど
この症状は出易い。ガンガンと割れるような頭痛に見舞われる。
要するに高山病というヤツにかかってしまったのだ。
「ううう、あ、頭が痛い。ものスゲー辛いんですけど高木さん・・・」
「うん、最初は誰でもなる、仕方ない。水飲んで、パンでも食って。
とにかく、血薄めるしか手はないから。」
高木さんはネパールでのトレッキングを含め経験豊富なためか、
この状況でもケロッとしている。
くそう!カッコいいじゃないか、ヒゲのくせにヒゲダルマのくせに。
途中から座席に空きができ座れるようになってからはなんとか
持ち直したものの、『こりゃあ先が思いやられるなあ』と不安になった。
何せレーの手前には5300メートルの峠が立ちはだかっていて、
最早そこは神々の住まう領域に限り無く近いような所である。
ところが相席になったドイツ人のオッサンに話を聞いてみると
「ラダック行きのバス?無エ無エ、
  聞いたこともねえ。」
とバッサリ否定された。
「俺はこう見えてもキーロンには過去何度も足を運んでる。
その俺が言うんだ。間違いねーよ。大体どっから仕入れてきたんだ、
そんなディスインフォメーション?」
自信満々に主張するオッサン。
「「な、なんだとう(汗)?!」」
僕と高木さんのテンションはフリーフォール並の急降下を見せた。
ここにきてまさかの希望消失。やはり駄目なのか?ガセなのか?
ポキリとこころのへし折れる音が聞こえた(ような気がする)。
チッキショオオオオーッ!ネタの発信元くびり殺してやりてえ。
意気消沈したまま3時頃には目的地のキーロンに到着したのだが
「あっ、こりゃダメじゃん。
 物理的にムリムリじゃん。」
僅か1ミリ秒で絶望した。僕の芳しからぬオツムでも理解した。
キーロンは険しい峡谷の高所を縫って走る山岳道路の下に造られた
町(というか村)なのだが、そもそも町にはバスはおろか乗用車さえ
通れる道が存在せず、停車する場所も皆無なのである。
こんなとこから長距離バスが出発するなど常識的にあり得ん。
というかこのバスどうやってU ターンするんだ?
バックか?まさかバックで帰るとかじゃないよな。
ところが・・・・
「ああ、ラダック行きのバスね。
 出るよ、明後日の朝4時、ここに来な。」
 
「えっ?」
 
「ええっ?」
           
「「はいい?」」
そう言われた。バス会社のオッサンに。
なんのことはない。山側を削ってバスの停まれるスペースがちゃんと
確保されており、小屋とも呼べぬ大きさながらチケット売り場も
設置されていた。
「マジかよ?」ドイツ人のオッサンが目を見開く。
いやいやまさかの逆転劇。
それもロスタイムからの敵オウンゴール・・みたいな?
(くわっ!)
『古き(古くないけど)伝承はまことであった!』
もうババさま感激のあまり潮噴きそうですよ。 
 
ドイツ人のオッサンの言葉どおり、キーロンはとても美しい所である。
深い峡谷の中腹に造られた、車さえ入ることのできない小さな町。
何もないけど、ここから見える景色だけは何物にも代え難い。
町に三つあるホテルは何れも満杯であったため、僕と高木さんは
ツーリストバンガローの庭に設営されたテントの中で二日間
寝泊まりすること余儀なくされたが、最果ての村だ、別に不満もない。
まったりと過ごしていると翌日には何故か気が変わったスドーくんが
合流してきた。しかも彼はこの先の村ダルチャまで行ってしまい
ようやくキーロンまで引き返して来たそうだ。
マナリからのバスってここが終点ではなかったみたいね。
野口さんはラダック行きを諦めシムラー行きのバスに乗ったとのこと。
切り替えが早い辺りはあの人らしい。
さあ明日はようやくレーに向けて出発である。