5月21日、神戸の実家で先日亡くなった兄の49日法要、そして骨納めを行なった。
お墓の前に親戚が集まり、お坊さんの読経の中、各人が線香を上げ手を合わせていく。
そして父が線香を上げ手を合わせた途端、先ほどまで表情を変えずにいた父が泣いた。
「お父ちゃんも後で行くからな」というようなことを言った。
私はこの瞬間思った。
父は死の方向をすでに見ている。
生の方を見ていない。
ある意味、死の入り口に立っている。
と同時にあるドラマのシーンを思い描いた。
死ぬ間際の老人が、
「あの世へ行ったら息子が待っているわ」とか
「死んだらお父ちゃんに会える」というようなことを言うシーンがあるのを思い出した。
その人たちは死を前にして、また死ぬ間際なのに微笑んでいるのである。
最愛の人に先立たれると死ぬことというものの恐怖が無くなり、ある意味楽しみすら感じるのではないかと。
父の死というのを意識してしまった瞬間でした。
また、最近帰省すると父・母は毎回神戸空港まで見送りに来るのです。
小学校6年生の姪っ子に腕を組まれながら空港に向かって歩いている父の後姿を見ていると、なるべく長くこんな情景が見れるよう祈りたくなりました。
親孝行しなきゃなー
今日も私は絶好調!