一弘前人の思いつき☆










一弘前人の思いつき☆











 弘前市桔梗野にある歩兵第31聯隊(連隊)の正門跡である。いまでは町内会の建物の隣にあるただの空き地である。八甲田山という映画で高倉健が演習に出発する門がまさにこの門なのである。


 この連隊は主に岩手県出身者で構成されていたらしい。その人たちの宿舎が桔梗野市営住宅の前身であったのではと推測する。






 桔梗野小学校から四中向かいの市営住宅まで軍隊の土地だったであろう。そのせいか公営住宅、公務員宿舎(かなり古く今は使われてないかも)が多い。






 戦争関連のタブー視をそろそろやめてこういったもの説明を表示して残して欲しい。

 幼少の頃より気になっていた古い門。最近弘前にあった第八師団に属する輜重兵
第8大隊関係のものであることに気付いた。調べたところブログなどにもこの門について書かれてはいないようである。ひょっとしたら違うかもしれないがこのブログに記しておく。場所は弘前市大原の坂岡ガソリンスタンドの脇の道を少し入ったところ。現在はりんご畑である。


 近くにあるタムロン、ニチロの工場もおそらく軍隊用地の跡であろう。占守島にあった日露の工場との関係などは後ほど調べてみようと思う。


 少し前まで某コンビニエンスストアになってしまった空き地に兵舎、倉庫らしきものが2つくらい残っていた。それもこの関係であろう。そこを取り壊そうとするとしたり、入ると怪我をするといったデマが流れていた。私もそこに入ったことがあるがご覧の通り怪我もなく生きている。きっとそういった軍隊の遺跡を残して欲しいと思った人が流した噂なのかもしれない。







ふと気がついたこと☆
ふと気がついたこと☆


ふと気がついたこと☆


人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 弘前情報へ
にほんブログ村

7年くらい使っていた洗濯機が故障した。コンピュータ(基盤)がいかれたので全く動かない。1年半前と同じ症状。これからちょくちょく故障されるとひじょうに困るので新しいのを奮発して買うことにした。日立は質実剛健でいいものをつくりますが今回はあたりが悪かったということでパナソニックにした。いぜんから気になっていたドラム式を購入。洗いは水平式と比べてどうなのかな?乾燥は圧倒的にドラム式がいい。びっくりしたのは使う水のすくなさ。音も静か。とても満足してます。panasonic NA-VX7000


ふと気がついたこと☆








ふと気がついたこと☆













ふと気がついたこと☆










弘前市松原の生協は騎兵隊第八連隊の跡地だったんですね。おそらく煉瓦作りの店舗も兵舎の後ですね。








ちょっと意外でした。ちなみに昭和16年、騎兵隊第八連隊は捜索第8連隊に改編されています。



弘前三中は野砲兵第八聯隊(連隊)の跡地なんだね








柴田高校もそうかな?三中に最近まで兵舎を使った校舎ありましたね。













ふと気がついたこと☆






旧校門(?)も明らかに遺跡ですね。






一弘前人の思いつき☆




これもそうでしょうか?






一弘前人の思いつき☆





人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 弘前情報へ
にほんブログ村

 弘前城をこれから自分なりに勉強しながら写真を撮って行こうと思う。やはり本丸から紹介。

 ところで今年のさくらまつりは穴場である。いつもはホテルは満室、大渋滞で大変なのだが、今年は震災の影響でホテルもキャンセルが続いているそうである。しかし弘前は震源から遠く被害は皆無、放射線量も通常どおりで全く影響がない。どうやらそのことに県外の方も気付き始めたらしく、ホテルも予約が順調に入り始めているそうです。今年は例年より渋滞もなく簡単に宿がとれそうである。今年はと思う方はお急ぎを。



ふと気がついたこと☆

本丸からの岩木山

ふと気がついたこと☆

ふと気がついたこと☆

ふと気がついたこと☆

人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 弘前情報へ
にほんブログ村

 以前から毛馬内城を見てみたいと思っていたが、先日近所に用事があったのでカメラを持って探索してみた。その前に予備知識をと思いネットで調べてみたが毛馬内城という単語を使っている人はいるのだが毛馬内城について解説したサイトは見当たらない。毛馬内には当麻館、柏崎館の2つが存在し、毛馬内城とはその2つの総称、通称なのではと推測している。南部毛馬内氏は三戸南部系の毛馬内秀範が当麻館に入部したことから始まる。九戸政実の乱終了後盛岡藩初代藩主南部利直の命で毛馬内政次が築城したのが柏崎新城(柏崎館)である。今回は柏崎館を調査してみた。ちなみに南部利直は津軽為信に滅ぼされた石川城城主南部(石川)高信の息子であり、津軽との複雑な関係を想像することは容易である。柏崎新城築城の目的の一つに対津軽があるのは間違いないであろう。


毛馬内氏

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E9%A6%AC%E5%86%85%E6%B0%8F

当麻館

http://www.hb.pei.jp/shiro/mutsu/toma-tate/

柏崎新城

http://www.hb.pei.jp/shiro/mutsu/kashiwazaki-tate/


ふと気がついたこと☆     ふと気がついたこと☆

 柏崎新城下にある武家屋敷がある。その中にある鹿角先人顕彰館とそこから城へ上る坂。幅は車が一台やっと通れる程度。幅は江戸時代そのままで家臣の通勤路と推測できる。



ふと気がついたこと☆         ふと気がついたこと☆

 坂を登ったところが二の丸。その入口にわかりやすい掲示板(写真上)がある。二の丸には位の高い家臣が住んでいたと思われる。二の丸中央を本丸に向かって走るのは二の丸通り(写真下)。本丸周囲の空堀の名前が耳捨沢、本丸土塁下に刑場と書かれてある。ちょうど土塁下は街道沿いである。刑場は街道沿い、川沿いにあることが多いのはなぜだろう。


ふと気がついたこと☆  ふと気がついたこと☆  ふと気がついたこと☆


本丸入口(写真左上)。人が住んでいるらしく普通の門である。本丸(写真右上)奥に神社のようなものがあった。本丸土塁をのぞむ(写真左下)この下あたりが刑場か?



ふと気がついたこと☆        ふと気がついたこと☆


写真上が本丸周囲の空堀(耳捨沢)。何の耳を捨てたんだ?本丸下の相手坂(写真下)。この道は空堀の役割も果たしていると思う。


 この城とその下の城下町(毛馬内商店街)はシンプルかつ小規模で、当時の形がよく残されている。弘前や盛岡より城下町の城や堀、武家屋敷の配置とその意図がよくわかる。北東北の城好きにはいいと思う。行ってよかった。

人気ブログランキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 弘前情報へ
にほんブログ村

 今日、娘の入学用品を買うため、ゼビオ、さくら野に行った。びっくりするほど混み合っていた。年度末だからか、震災での抑制の反動なのか、帰省などで弘前の人口が増えてるのか?久しぶりに弘前で人がこみあっているのを感じた。