認知症の母が運転免許を自主返納するまで(最終回)
約10年前頃にようやく綴ることができた母の介護記録を、今の視点で少しずつ書き直しています。
あの頃を振り返ると、苦しさの中にあった小さな希望も、
少しずつ思い出せるようになりました。
今日は、その続き、そしてこのシリーズの最終話になります。
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ここからは前回の記事の続きです。
よろしければお時間のある時にお読みくださいね。
また、母との日々は他にもシリーズで書いています。
必要な方に届きますように✨
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母は無事に運転免許を自主返納し、
運転経歴証明書へと切り替わりました。
あれだけ時間をかけて向き合ってきた出来事でしたが――
翌日には、母はもう忘れていて、
「新しい免許に更新してきたのよ」
と、少し誇らしげに話していました。
出かけるたびに、
「運転しようか?」
と声をかけてくれる母。
そのたびに私は、
「これからは助手席でね」
と伝え続けていました。
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今なら、
「まるでコントみたいだね」
と笑えるやり取りも、
当時の私には、正直しんどいものでした。
同じ会話が何度も繰り返される中で、
分かっていても、
ついイラっとしてしまう自分もいました。
どんな母も受け入れたいと思いながら、
それができるほどの余裕は、まだありませんでした。
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夫との関係も険悪なまま、
母のこと、夫のこと、
そして自分の気持ちも抱え込んだまま、
私は出口の見えないトンネルの中にいるような感覚で過ごしていました。
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そんな中で迎えた、8月のお盆入りの暑い夜
寝ている間の真夜中に
金縛りような状態で動けなくなりました。
とても怖い夢をみながら
身体も動かず・・・
うなってびっしょりの汗で
金縛りからも解放され
目が覚めたら・・・
今度は頭を前後にも左右にも
動かせない位に耳の中が激痛
寝ていても座っていても痛くて
眠れない夜を過ごした翌朝
翌朝、耳鼻科を受診すると――
中耳炎でした。
子供の頃以来の中耳炎・・・
それから数日間、
吐き気や頭痛も重なり、
耳の激痛で動けず寝込みました。
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母には「しばらく行けない」と伝えると、
「大丈夫?無理しないでね」
と心配してくれました。
その言葉に、少し救われながらも、
私はその時、ようやく気づいたのです。
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私はずっと、
母を最優先にして、
自分のことを後回しにしていたんだな、と。
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体が止まったことで、
やっと自分の限界を認めることができました。
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数日後、母の様子を見に行くと、
母は一人で食事を用意し、
テレビを楽しみながら、穏やかに過ごしていました。
そして――
私が中耳炎だったことは、すっかり忘れていて、
「大丈夫?かわいそうに」
と、また初めて聞いたかのように心配してくれました。
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そんな母の姿を見て、
少し安心したのと同時に、
「私は一人で全部背負わなくてもいいのかもしれない」
そう思えるようになりました。
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この出来事をきっかけに、
包括支援センターに相談し、
ディサービス 訪問介護 ショートステイ
が利用できる小規模多機能型サービス
などを利用する為にも
母の介護申請をする方向で話が進んでいきました。
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免許返納までの日々は、
私にとって本当に大変な時間でした。
けれど今となっては――
母が忘れてしまったことよりも、
あの時、一緒に過ごした時間の方が、
大切なものとして残っています。
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あの頃は受け入れられなかったことも、
今は少しだけ、やさしく思い出せるようになりました。
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長く続いたこのシリーズは、これで一区切りとなります。
この後、母は介護サービスを利用し始め、
新しい出会いにも恵まれていきます。
そのことについては、また別の記事で書いていきますね。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
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