シングルマザーでも大切な人の為、大好きな音楽の為に生きる♪ -92ページ目

放射線治療の結果

入院した為、体調不良は腫瘍によるものなのか
副作用のせいなのか調べる為 

3月上旬にやる予定だったのが、本日脳のCT検査しました。


放射線は効いてくれて小さくなっていました。

大きくなったのが原因じゃなくてよかった…


今後は副作用に最適な方法を探す為の入院です。


先生から聞いた時のお母さん、、、本当に不安で怖いんだろうなっていうのが伝わった。


昨日みたいになって自分情けないね…



無理に作り笑いはしない


辛い時は一緒に泣く


嬉しい時一緒に泣いて(笑)喜ぶ



今回の救急へすぐ連絡したように

その肝心な時の判断は逃さない。


幸い色々経験したお陰で、何かあった時動揺はしなくなった



自宅で常に観察し、先生へ伝える事がとても重要だと再確認した



まだまだだ 始まってもいない。



これから沢山笑って、泣いて一緒に過ごしていくんだろうな(*^_^*)

なさけねー

一番辛くて怖いのは母さんなのに

今回の入院は副作用だけの問題なのか、放射線治療で小さくなってくれなかった腫瘍があるからなのか


考えてしまう


治療の効果が出たか否か分かるのは、3月上旬の予定

今回の入院でCTやってくれないかな


でも結果がを聞くのも怖いんだ。


結局まだ現実を受け入れられてない


情けないね


母さんの前で泣かない事が、唯一出来ること


母さんがどんなに後ろ向きな発言をしても


全て前向きな言葉で言い返す


母さんに言ってるようで自分に言ってる


父さんも現在の治療法で、近い将来が何となく分かる


私は支えられるだろうか?



だめだ


一番恐れている。
いつ来るかわからない腫瘍のせいでの、身体的障害が

予想以上に早いかもしれない


それを体感してしまった


お母さんが一番不安で怖いのにごめんね。


私怖いよ


嫌だよ



ずっと側にいてよ


お母さんもお父さんも


早いよ


こんな事考えさせないでよ


これが夢だったらいいのにね


こんな未熟む娘なんだよ


未熟な娘でごめんね。



お母さん、お父さんが一番つらくて不安なのに


本当にごめんなさい



強くなりたいです。

家族、ありがとう、大好き

2月7日に脳への放射線治療終了


肺の放射線治療とは全く違う、脳の為副作用は吐き気、食欲不振、味覚の変化等

1回目の放射線治療後↑の症状が酷くトイレにも行けない状態になってしまった為

そのまま入院


母曰く「抗がん剤の時と変わらない」と…


回数が増える度に脳が放射線に慣れてくるという、主治医の話の通り9日の入院ですみ

その後は通院で2月7日まで放射線治療をうけた。


放射線治療をするにあたり、副作用止めの薬は処方されていた


この薬は治療が終わっても、すぐに飲むのを止める事はできないらしく 少しずつ薬を減らしていっていた。

最後の一錠となったのが、14日

この時から軽い吐き気等を訴え出した

だが原因は明らかに一錠になったからというのが明らか

副作用止めが減っているから当然の症状

たまにくる軽い吐き気レベルだったので様子見ることにする。


この段階で先生に連絡すれば良かった


結局吐き気は収まらなかった。

いつもは金土と実家に泊まっているが、今日は娘の学校があった為土曜日だけ泊まりの予定だった

また今週は別の事情で平日は行く事ができなかった。


いつも通り夕方娘達と実家へ行く用意をしていた時、珍しく母から電話がきた。

「実は昨日から風邪気味で、買い物に出られないから買ってきて欲しい」との内容


声が確実にいつもと違う

娘を待たず私だけ早く行く事にする。


向かっている最中に母からまた電話


「買い物はいいから早く来てくれ」と…


向かっている途中思い出した


“母はギリギリまで自分でどうにかしようとする人だ”


来られない事情なんて、私の行動次第で跳ね返す事が出来た事だったのに…


実家に着くと明らかにここの数日無理がすぐわかった。


「もうお母さんの大丈夫は信用しない
と思いながら


迷わず病院に電話、土曜日の為主治医はいないが救急で看てもらう事になった


ちょうど兄夫婦が来る予定だった為、連絡し車で来てもらい 病院へ連れて行ってもらった


点滴をし色々看てもらった結果

口からの食事がとれない事と


母の言っていた“風邪気味”というのは気管支が炎症を起こし 感染症を起こす可能性をが高いと言う事でそのまま入院させてもらう事となった。


こういう治療後は免疫力が落ちる為、肺炎になりやすい事

それが致命傷で死に至る可能性がある事分かってた。

だから少しでも体調不良があればすぐ報告する事を口が酸っぱくなるまで言った


それでも言わない。。。いや、本人は“この程度”と思っているのだろう



わかってた


周りに迷惑かけまいとし、自己判断で行動してしまう人だ。


兄夫婦にも車を出してもらう事

「2人に悪いから…」ってタクシーで行こうと言った。


でも私は兄夫婦を頼った。


本当はね。みんな母さんに頼ってほしいんだよ?


だから兄ちゃん達飛んできてくれたでしょ?


母は点滴の間待たせるのは悪いから、帰っていいからっとも言ったんだ。


そんなことできる訳ないじゃない?


この言葉人によっては「自分は必要ないの?」ともとれるよ



救急の待合い室で「困った母さんを持ったなー」って、冗談で3人で笑ったさ



これからも私は兄ちゃん達に全て報告するからね?


家族なんだよ。


待合い室でなかなか時間の合わない兄ちゃんと話せた。


兄とは10歳歳が離れている


だから兄妹喧嘩所か、私が小学生の時兄は高校生でバイトなどで接点が全くなかった


この歳になってお互いが大人になって
やっとまともな会話が出来るようになった


私が側にいるから安心できている事


何かあれば頼って欲しい事


今日初めてお兄ちゃんの口から聞いた。


嬉しくて


隣にお兄ちゃんの奥さん(お姉さん)もいる。


嬉しくて、涙止まんなくて

2人に手を差し伸べだら もちろんお姉さんは手を握ってくれて


お兄ちゃんまで手を握ってくれた。


こんな事初めてだよ。



凄く時間がかかった


両親が病気にならなければ、私達は向き合おうとしなかった


情けないね


当たり前だと思ってた事が、当たり前じゃないと気づいて初めてお互いの顔を見た。


徳江家は始まったばかり


遅すぎて恥ずかしいくらいだけど…


どこの家族よりも絆は強くなった



大好きだよ


出会ってくれてありがとう


結婚してくれてありがとう


生んでくれてありがとう


育ててくれてありがとう


みんなが宝物


兄の子ども、私の子ども


合わせて9人


父と母から9人までの大家族になれた



確かに病気で大変なんだよね



でも皆 心が満たされている


悪くない


結果オーライ♪♪



この言葉お兄ちゃんが病院で言ったの聞いて、兄妹だわ!っと密かに驚いていました(笑)