シングルマザーでも大切な人の為、大好きな音楽の為に生きる♪ -103ページ目

あけました!

明けましておめでとうございます☆

今年も自分の為、家族の為、みなの笑顔を見るために突っ走っていきますので

足が止まらず、激突した事はなにとぞよろしくお願い致します <(_ _*)>   
             midori

願い・祈り

肺癌の原因がタバコだけではなく、排気ガス、ホコリ、ペットも原因なの知っていますか?

 
私の両親は共に現在癌の闘病中ですが、その他にも

知り合いの30代女性2人が乳癌、子宮頸がんになりました。



敢えて脅かします。



抗癌剤の副作用で、つわり以上の経験をしたいですか?


抗癌剤の種類によっては副作用で手が黒くなります。


癌に完治という言葉は病院では使いません。
再発する可能性があるからです。 



治療に専念する為に仕事休めますか?


治療中は給料なくても生活できますか?それを補う術はありますか?


一月ではなく、何カ月も続く高額医療費払えますか?


家族、大切な人がなったら手術の立ち会いの為時間作れますか? 


着替えを持って行くために頻繁に病院へ通えますか?


急な呼び出しに対応できる人はいますか?




人はみな自分達は大丈夫だと勘違いします。


病気になった人はまさか自分はがなるなんて…と思います。



最悪の自体を避けるには、早期発見が一番なのです。 


普通の健康診断ではなかなか癌は見つかりません。 

癌健診をうけて下さい。



これを読んで1人でも、ご自身の体の事考えてくれたらうれしいです。



後日我が家のここ2年のリアルな支出状況をご報告しようと思います。

良い事いっぱい

はい!!!


なんとなく一段落ついた感じなので、父が病気になってから一年半の良い事を書こうかと思いマス音譜


とにかく家族が癌という大病を患って、普段気が付けないであろう事沢山気付く事ができました。


しかもほとんどが良い事というニコニコ


約一年半前 父の直腸癌がみつかり、かなり進行していた為 肛門を全て取り人口便となりました。

その3ヶ月後転移のあった肝臓の手術。

約半年後 肺に転移し 毎月の抗がん剤治療を現在も継続中。。。


幸い父の抗がん剤は副作用が弱く、仕事も病気発見前の2/3の日数は出勤できています。

ですが、人口便となってしまった為 公共の銭湯や温泉等行く事が出来なくなりました。
個人風呂付きの温泉旅館なら大丈夫かな(^^)


そして約4ヶ月前 母の肺に癌が見つかりました。
肺ガンは普通の健康診断のレントゲンでは気付きにくく、気付た時は既に進行している事が多いらしいです。


母もこれに当てはまりました。
腫瘍に気付けたのは大きくなっていたから、しかもリンパへ転移もしており

9月から放射線治療と抗ガン剤投与の併用治療で、1クール目が終わり3週間程前退院してきました。


CT検査の結果、今回の治療で随分小さくなった為 今後は経過観察となりました。

毎月検査し もし癌が大きくなっていたら、飲み薬で治療していくそうです。


今の母は抗ガン剤の副作用で髪の毛がほぼありません。
もう何週間かすれば まつ毛や眉毛も抜けてなくなるとの事。

それ以外の副作用も色々ありました。


だから苦しんだ二ヶ月の入院をしなくてよいとわかって、心から嬉しかった\(^o^)/



↑ひとまずここ一年半で起きた事をまとめて書いてみました。

ここだけ書くと、なんとまぁ鬱々といた内容でしょう(笑)


本当に書きたい事はここからで


実はうちの家族は昔から、家族とは呼べない家族でした。

ただ一つの家に住んでいるだけ…干渉しないし、それ以前に関心がない。。。そんな感じ


その中でも私は父が嫌いでした。
正確には私が10代の時の父の犯した過ちを許す事ができなかった。

他人なら許せるはずが、父だから許す事ができず
このいい年頃になっても頑なに変わらなかった私の心。


父の癌がわかった時、かなり進行もしていたので "父の死"を身近に感じた時


十何年の頑なな思いが、一瞬で吹き飛んでいました。


本当に今までがなんだったんだろうと思うくらい…


本当に一瞬で…


肝臓の手術の時、本来なら目覚めるはすが 直前の直腸癌の手術で体力が落ちていた為、目覚めず。

先生からも「覚悟が必要…」と言われた時


「どんな状態でもいいから、命だけは戻してくれ」


と心から祈っている自分がいました。


何があっても崩れなかった 頑なな思いが 父の病気により消えました。


"許した"


より


"消えた"



そんな感じ



本当は…本当は…父ちゃんが大好きなの。

だからこそ許せなかったんだ…


本当はずーーっと許したかった。


許しちゃいけないともおもった。


でも

許せない事 苦しかった。


もう自分の力では崩す事ができないくらいまで固まりまくってた。


そんな私の心をクリアにしてくれました。



父の治療のリズムも一定になってきて、なんとなく先の生活も見えてきた頃


今年の8月 母の肺に癌が見つかりました。

過去の日記を読んで頂ければわかると思いますが


かなり参りました。


私にとって母は
母のような母親にはなりたくないが

1人の女性の人生の大先輩として尊敬しています。


母親のような親になりたくないなんてね…この思いで、母娘の微妙な関係が伝わるでしょうか。。。汗


父の時は主に、父を看病する母をフォローするのが娘である私の役目。


んじゃ 母の場合はどうしたらいい?


簡単に書くと
父は自分の事でいっぱいいっぱい、むしろ無理をして欲しくない。



しかも収入が減った為、金銭面も母の精神面も全て
健康で頑張る事ができるのは私しかいないという状況。


母の癌が私の決意を固めると共に、自分まで崩してしまいました。



娘達はおばあちゃんである母が大好き


高学年といえども、父の件からまだ落ちついていない

母が病気になり入院する事を伝えただけで

「ババ死んじゃうの?」

と半べそになった。


これ以上娘達をこれ以上不安がらせてはいけない。

この子達の前では、私は絶対に不安な顔をしてはならない


と思い「私が頑張らねば!」と張り切りました。


本当は誰よりも不安でしょうがなかったのは私


泣きたかったのは私


癌の進行度合いは父の方がかなり進んでいた。
深刻度でいえば、今でも父の方が上なのに


母の場合は治せる癌である。


それは頭でわかっていても、どんどん大きくなる不安


PCで癌の事を調べると、必ず出てくる"5年生存率"

両親ともに5年後の生存率が一桁…

調べれば調べる程、不安が増すだけ

涙が止まらない

もう絶対見るのは辞めよう

両親の病気"だけ"みていこうと思いました。


私は稼がなくてはならなかったので、頻繁に病院に行く事ができなかった為


治療の変更したり 些細な変化でも報告してもらっていました。


そして幸い入院中は、母の親友がずーっと母に付き添ってくれていて


後は先生に治療してもらうだけなのに


なのに…


副作用で苦しんでいる母を考えるだけで、動機や涙が止まらなくなったり


気づいたら母に関してだけ

感情のコントロールが効かなくなってて


だって母さんはずっと元気だって思ってたから


まさか癌になるなんて


入院するなんて


髪の毛が無くなるなんて


私の心はこの事実を受け入れられなかったみたい


だから母が副作用で苦しんでいる時も髪が抜け カツラの話をされた時も


仕事を理由にお見舞いに行かなかった。


正確には……行けなかった…


そんな時仕事と言って、部屋で1人うずくまってた


髪の無い 母さんに会うのがこわくて


会ったら、私どうなっちゃうか自信なくて なかなか会いに行けなかった。


私一番肝心な時、逃げたんだ。


そんな状態で会社に行ける訳がなく


母の事でいっぱいいっぱいの状態で、会社からの無意味なストレスを受け入れる心の余裕なんて1mmも残っていなかったから


そしたら二年かけて順調に快復に近づいていた持病が、一瞬で戻っちゃった(涙)


過去この持病のせいで、1年くらい働く事が出来なくなった時期があった。


だから

昔みたいに戻っては行けない事

今はまだ動ける。動ける間になんとかしなければならない。


今の会社は派遣から無理矢理契約社員としてケンカを売るように入社した会社の前に働いていた職場


とにかくそこの人達が大好きで、お給料面で止む無く辞めた職場。


1人でうずくまってた時、そこの人達の顔が浮かんだ。あそこに戻りたいと思った。


子どもはお母さんが泣いてると、一緒に泣いてしまう


悲しいからじゃなくて、お母さんが泣いてるから涙が出るんだ。



これ幼いからだと思ってた。



幾つになっても、親にとって子どもは子どもだと言う


幾つになっても、子どもにとって親は大切な親なんだ


この状態になって気が付く事ができた。


今 私は 自分が取り返しのつかない状態になる前に戻りたい場所に戻りました。


休職も勧められたけど


私…稼がなきゃいけないんです汗


一度経験しているので、入社後しばらくはお勉強、研修、テストなので
そこでゆっくりリハビリしながら、お金稼いでマスニコニコ


本当はね離婚してからね。娘が小学生の間は定期で上がれる仕事をしながら、いろんな勉強してスキルアップして
中学生になる頃に務めたい仕事に就こうって計画してて、それを順調にこなしてたんだ。


でもね。両親が癌になって、父と母と娘達のみんなの時間を大切にしたいって思った。


あと見た目だけ家族だったのが、お互いがお互いを思いやるようになって


本当の家族になれたって実感してる。


人生長いんだから、今更ちょっと位寄り道してもいいっしょ!


それとね。前に書いたケド"保険はお金がないからこそ、入らなきゃならない"これを身を持って 本気で痛い目見たからこれを伝えたいと思った。


実は戻りたいと思った職場の仕事内容は、保険を売る事。


保険に入っていても、その保険がいざと言う時本当に役立つモノか みんなのちゃんと確認してあげたいと思った。



病気になれば勿論仕事ができなくなる。

必然的に収入が減る。

だが容赦無く降りかかる治療費。

一回ならまだなんとかなる。

でも現実はその後のほとんどが通院をする。


うちの場合両親共に毎月1回CT検査をする。両親がお世話になった病院ではこの検査は一回につき4万円くらいかかる。


治ったとしても、業種にもよるが検査、通院の為に休んだりしなければならない。

大きな会社程なかなか融通がきかない、そうするとそこで働く事ができなくなる可能性が高い。


そしてそんな病気をしたばかりの人間をどこの企業が雇ってくれるだろうか?


融通が効く職場だとしても、出勤日数が減っているのだから 収入が減るのは確実。


カツラだって、病院で買えるのカツラは15万円と高額
他に安く手にはいる方法を知っていたとしても、そこまで足を運ぶ事ができない。


食事だって、病後の抵抗力が下がっている為
安くて古い物なんて食べさせる訳にはいかない。


国の高額医療制度を利用したとしても、足りる訳がない。


それ以前にその高額医療費制度のお金を用意するのすら、大変になる。


本来なら、その足りない所を少しでも補えるようにするのが保険なのだ。


両親は共済しか入っていなかった。


だからものすごく大変だった。


死んだら、何百万も入るんだよ。

でも今の医療ではそう簡単に死なせてくれないし、死んでほしくないと努力する。


この状況は地獄だった。


こんな苦しみ避けられるなら、避けて欲しい。
避ける為の力になりたいと思った。


税金、相続関係、収入、国の制度も全て含めて、その保険がその人にちゃんとあってるか 見られる知識がある人間が1人近くにいたら便利でしょ?(笑)


今はそんな便利な人間になりたい。


実は仕事でやりたいと思って就くのは、今回が始めて

今までは子供を軸にそれに合った仕事してた。


実は法律から全てにおいて、勉強し知識を増やすの大好きニコニコ


今まで本当に辛かった。


まだ終わってはいない


でも家族の思いやりの気持ちが今はあるから、みんなで頑張って乗り越えていける気がするんだ。