今回のテーマは羽根突きです。
羽根突きって、みなさん、やったことありますか。
どんなイメージですか?
正月の、子ども(主に女児)の遊び、というイメージでしょうか。
しかし現代日本で、もはや羽根突きを楽しむことなど、皆無ではないでしょうか。
インテリア・魔除けとしてのゴテ盛り羽子板は根強く残っていますけど、
遊びとしては、どう考えてもバドミントンの方が面白いし、
本当に、消えてしまう文化なのかもしれません。
ちなみに「羽根つき」でGoogle検索をかけたら、生理用品がヒットしました。
あと、羽根つき餃子。
…「羽根突き」としなかった私が悪いです。
そんな羽根突きの初見史料は、『看聞(カンモン)日記』。
「大掃除、改め、煤払い」のところでも説明しましたが、
さっくり説明すると、室町時代中期の貞成(サダフサ)親王さんの日記。
賛否あると思いますが「中高年の星」とも表現した、あの彼です。
永享6年正月19日条(太陽暦1434年、6代将軍義教のころ)
本当は2年前の正月5日条が初見なのですが、内容は大差ありません。
(さっくり現代語訳)
女中と男たちでこきの子の勝負をした。男チームは私・息子・田向長資・四条隆富・綾小路有俊で、女チームは、妻・娘・近衛・春日・梅香丸・周明などである。結果は男チームの負け。なので男チームで宴会を主催した。私と田向と隆富と有俊と梅香丸それぞれがお酒を出し合って、酒盛りパーティ。盛り上がったよ。
(原文)抑こきの子。女中男共有勝負。一方予。若宮。三位。隆富朝臣。有俊。一方今御所。
姫宮。近衛。春日。梅香丸。周明等也。男方負。則所課張行。予。三位。隆富朝臣。有俊。
梅香丸一瓶各出之。酒盛乱舞。其興不少。
赤字にした「こきの子」。これが羽根突きです。
似ても似つかない名称なので、え?これが羽根突き?
そう思いますよね。
上の史料の2週間前(正月5日)、ときの将軍足利義教から貞成のおぼっちゃまに、「こき板」2、「こきの子」5、つまり羽子突きセットのプレゼントがありました。
(螺鈿細工の見事なモノなので、プレイ用ではなくインテリア用です)
「こき板」と「こきの子」
漢字で書くと「胡鬼板」「胡鬼の子」。
これが「羽子板」と「羽根(羽根突き)」なのです。
「こきの子=羽根突き」
どうしてこれが成立するのか。
1617年成立の元和本『下学集』には、「羽子板」に「コギイタ」「ハゴイタ」と2パターンのルビが左右に振ってあります。
ね。羽子板=コギイタであるとわかります。
(国会図書館デジタルコレクション、東麓破衲著の『下学集』2巻、54コマ)
というわけで、羽根突きについては終わり。
だけども、やっぱり人間関係も見ておきたいの。
男チームと女チームに分かれて勝負してましたね。
男チームから考察しよう。
予…貞成。
若宮…貞成の子。9歳。のちに伏見宮家を継ぐ貞常親王。
三位…田向長資。宮家の筆頭家臣(庭田家と同ランク)。
隆富…四条隆富。宮家の家臣。貴族。
有俊…綾小路有俊。宮家の家臣。綾小路きみまろとは無関係。
次に女チーム。
今御所…貞成の正室。庭田幸子さん。
姫宮……貞成の娘。
近衛・春日…貞成の父の側室。
梅香丸…伏見宮家の医師昌耆の子。
周明…忘れた。資料はどこかにあります。そのうち出てきます。
男女で勝負して、今回は男チームが負けて、宴会の用意は罰ゲーム。
でパーティして盛り上がったわけ。
もちろん、女チームが負けて宴会の準備するときもあります。
梅香丸くん、女チームメンバーだったのにお酒準備してますね。なんでや(笑)
つまり、誰が勝っても負けても、最終的に楽しく宴会になるんですよ。
ちなみに、このとき貞成さん、65才です
65才で羽根突きする親王
元気すぎ
正室の幸子さんも45才!
ていうか、他のメンバーもほぼ大人
子どもは貞成の子たちと、梅香丸だけ。
いい年した大人が羽根突きして、宴会して、盛り上がってる(笑)
羽根突きは子ども(とりわけ女児)がするもの、という概念が覆ります。
もちろん、羽根突きは中世でも子どもの遊戯です。
だから将軍義教は、貞成にではなく、貞成の子どもに宛てて、
羽根突きセットをプレゼントしたんですけど…。
最後に、上杉本『洛中洛外図』(松永邸の前)を載せます。
袴姿は元服後だから大人だと思うけど、ほかはどうかな。
元服前の少年か、少女か?
いずれにせよ高校生ぐらいと思っていいかな。昔は元服が早いし…。
だが、断言できる。
ここに65才はいない。