花押とは

 

簡単に言うとサイン。

たとえば、これ↓は織田信長さんの花押

(色んな種類あるうちの1つにすぎないが…)。

 

これは加藤清正の花押↓

 

これは足利尊氏の花押。

 

 

芸能人のサインみたいですよね。

何がどうなっているのか読めたものではないです笑い泣き

それが花押(かおう)。

 

花押を、印鑑(印章)の代りに、自らが発給する文書に書いていたのです。

時代でいうなら、平安時代の中・後期ぐらいから戦国時代ぐらいかな。

江戸時代も引き続き花押は使われるけど、もうメインじゃない。

メインは印判(印章、ハンコ)を用いた「印判状」。

 

いわゆる朱印船貿易は、日本から渡航する船は、幕府から朱印状(渡航許可証)をもらって東南アジアに向かったのですが、朱印状というのは、朱肉を使った印判状のこと。普通の黒い墨を使えば黒印状です。

貿易だけでなく、土地所有の承認にも朱印状や黒印状を用いていました。

 

というわけで江戸時代は印判状が主流だったのですが、

だけども、やっぱり花押って細々と残っていた。

とりわけ、武士や貴族。

もちろんメインではないから、どれだけ使用する機会があったのかは私には分かりません。

 

閣僚たちの花押

 

そんな感じで細々とつないできた花押。

 

現代でも、ちゃーんと使われているんです。

誰が使ってるかっていうと、

 

閣僚たち。

 

初入閣すると、専門の方に自分の花押をデザインしてもらえるらしい。

自分なりの要望、アイディアも伝えるだろうけど、専門家に作ってもらうの、

羨ましいですね。

 

花押を作ってもらって、どうするのかっていうと、

閣議に署名するときに、実際に書くのよ。

花押を!

 

こんな感じ↓

これは首相官邸ホームページ中「内閣制度の概要」に掲載されていたものです。

 

近世には印判の影にかくれちゃっていた花押が、

現代の閣議に生きているって、なんというか…

 

ミ ラ ク ル

 

ですよね?

 

あは、もちろん私は勝手に花押を作ってます。

専門家に頼むのも面白くないし、そんな金もないので、自己流で。

 

花押はハンコの代りになるのか?

そんな現代の花押なのですが、一方で、こんな判例もあるんですよ。

 

2016年6月2日 最高裁の判例です。

沖縄の、とある方が、次男への遺言を残して亡くなったのですが、

その遺言書には、もちろん署名があるのですが、

署名だけではなく「花押」も書いてあったというものでした。

本来は印章(ハンコ)であるべきところを、花押にしちゃったのですね。

実に変わったお方です。

 

また「次男へ」ってのも、揉めそうですよね…。

 

そうです。

花押が書かれた遺言書は無効だとして、長男が訴えたわけです。

なぜ長男への遺言じゃなかったのかは、色々あるだろうけど、

私は知らないし、この場合はどうでもいいです。

 

問題は、花押が、遺言書の要件を満たすのかどうかってこと。

 

より具体的にいうと、民法968条第1項

 

「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」

 

花押が、この条文の「印を押す(押印)」行為に含まれるかどうか、

という点が争点になったのでした。

 

1審、2審では認められたんです。

つまりハンコじゃなくても花押でOK、という解釈です。

次男バンザイ、長男ガッカリ。

 

だが上告した最高裁では、破棄差戻となった。

次男ガッカリ、長男バンザイ。

 

最高裁曰く、

「印を押す」ことは、遺言書のとても大事な要素で、それによって遺言者が自分の意思で、自分で書いたことの確かな証拠となる。そうした場面において、押印に変えて花押を書くような慣習・法意識は日本には存在しない。だから、花押を押印と同一視することはできない(=遺言書は無効)。

詳しくはこちら↓。

 

 

つまり、ハンコの代りに花押を書く習慣は(現代の)日本にはないから、

押印の代りにはならないって判断。

へぇぇーーー。

 

花押の方が本人の同一性が高いのに

 

さて、花押は押印と同一視できないとか、花押を書く慣習・法意識はない、

って言われるとモヤモヤします…。

 

もちろん、今はそんな慣習はないけど、かつてはありました。めっちゃ確実。

 

それに、花押って書くの難しいから練習が必要。

それにめっちゃ個性的。

(芸能人のサインと同じですね)

 

閣僚たちだって練習してるはず。

つまり、ハンコ以上に、花押は遺言者の同一性を担保してるのよ。

他人が安易にマネすることなんてできないの。

 

ハンコの方こそ、その辺のダイソーにも売ってるよ。

花押を信じられず、ハンコの方を信じられるってのがね…。

 

※ちなみに、民法968条第1項が示す「印」は実印でなくとも良いとのことです。

 

1審、2審もそのあたりのことは認めてたのよ。

遺言者はしばしば花押を使っていた(つまり認知度はそれなりにあった)こと、

花押の形状から判断して、押印として有効だって。

つまり、本人じゃないと書けないほどムズイってこと。

 

加えて、拇印でも押印と同一視できますっていう判例があったらしい。

最高裁的の考えとしては、「ハンコ>拇印>花押」らしいです。

 

 

閣議は??

 

そして、「押印に変えて花押を書くような慣習・法意識は日本には存在しない。」

というけれど、

 

閣議書はどうなの?

閣僚たちに面と向かって、それを言えるのかな?

 

閣僚たちは閣議に花押を書いてます。

最高裁的には閣議はすべて無効なのでしょうか…?

それとも、閣議は特別?

 

うーーーん。

思うに。

 

閣僚たちの花押はステータスの表れと見た方がいいだろうから、

さすが!かっこいい!って感じなのかな。

ご本人たちも、花押を書くたびに大臣の地位にあることをしみじみ噛みしめることでしょう。

 

しかし、沖縄の遺言者が花押を書いていたのも、ステータスの表れだよね。

琉球王国の名家としての誇りだよ。

 

あちらは良くて、こちらはダメ。

というわけで、やっぱりモヤモヤする。

 

あ!!!

ひょっとして!!!

 

閣僚じゃないくせに花押使ったから、無効としたのか??

花押を使えるのは閣僚だけだ!!!

最高裁さん、そゆこと??

 

あ~、ごめん。核心突いちゃったかも

 

 

ところで、

もしも私が、自己流で作った花押で遺言書作ったら、

子どもたちが裁判で争っちゃうのかしら?

 

って、争うほどの財産、なかったわ~爆  笑