途中から小難しい話になるので、先にDQMSLのことを。

モチベーション下がってたイベントですが、昨日の夜からふいにモチベーションアップ。理由はなかなか上がらなかった、ハッピークリスマスのホーリーラッシュとダークマッシャーが気合い伝授で上がったことと、周回力を上げるために斬撃メンバーに変えたこと。




サクサク回せるので、楽です。

なので、明日までに時間ある時はフルスロットルの予定w


さて、ここからは下書きしてた内容。

稀にブログの読者の方から、ブログの内容が論理的ですねという評価を頂くことがあります。言い方を変えると理屈っぽいということなんですがw

僕がブログを書くときに意識しているのは、できるだけそのブログに一つの考え方を設定するからです。

ありがちで単調なゲームブログではつまらないなと思ったので、できれば主軸となる考え方の中で、それらの論理の具体的事象としてゲームでの生活スタイルをサンプルに上げているわけです。

なので、実際伝えたい、書きたい内容というのは、ゲームの話ではく、自分の持つ考え方=理論であったりします。

理論を論理的に伝えるからこそ、ブログにも軸が生まれて、論理的な文章が意識できます。

難しい言葉を使うのは、論理的思考には必要不可欠でもあります。料理で例えると、家庭料理を作るならありきたりの素材や道具でも良いですが、お店で提供するなら、物にこだわる必要があるのと同じですね。

以前、ブログにも書いたことですが、文章の中にはそれぞれ書き手の伝えたい本質があります。例え、掲示板のような短文であってもです。それが、論理的で解りやすい文章が世間一般では良い文章と言われると思います。掲示板のような短文では論理の構築がなされないので、感情的な文章にとらわれがちです。

しかし、一方で読み手側のレベルでそれが理解されない場合も多々あります。

逆もしかりで、あーだーこーだ書いている文章だとあやふやで、筆者の考えにまで遡れないこともあります。

つまり、書き手、読み手のレベルが一致してこそ初めて、文章とは意味を持つわけです。

これは、料理も然りでしょうし、DQMSLという、ゲームでも同じ気がします。ユーザーと運営のレベルと意図がマッチングして、初めて娯楽としての共通価値が見いだせるからです。


さて、ここからは国語の授業w

テスト問題風にしてみました。

問
「上のブログ内容で、筆者が伝えたい考えとは何か? 100文字以内でまとめて下さい」


答えは最後にw


と言う感じでですが、今回のこのブログ記事の内容は、以前に紹介した下記の本の影響です。

出口汪『東大現代文で思考力を鍛える』大和書房

まだ、全部読めてないので、読めたら書評をまとめてみたいと思います。この本の、一番最初の題材の福永武彦は昔好きだった作家で、ほぼ全ての作品を読みました。そんなところからも引き込まれてしまいました。



答え
自分と他者を繋ぐコミュニケーションツールは、お互いの理解力と意図が合致してこそ初めて意味や価値を持つ、という考え。