ここ数日はDQMSLもまったり期間中でやることないので、ちょっと濃いネタを書いてみようと思います。
さて、普段、仕事中や移動中、ニュースを見たり、新聞を読んだり、お風呂入ってる時や寝る前とかに、思いついたことはその場で下書きしたりしています。
スマホはそう言う点で、すごく便利な道具です。アイデアや思考をメモ帳代わりに使えます。そういう、閃きや思考のテンションって、時間が経つと薄れてしまうので、下書きを読み返すことで、もう一度その時の自分に立ち戻ることが出来るからです。
下記は、1ヶ月前に書いていた下書き内容を加筆修正してみました。
↓↓
自分なりに何かを追求している人(前者)とそうでない人(後者)は、前者の人の追求する欲求や動機というのをよく理解できでいない人が多いです。
例えば、勉強やスポーツ、ゲーム、仕事、なんでも良いのですが、「あいつなんでそんなこと必死にやるんだろ」、とやや嘲笑の眼差しを向けたりする人も多いです。
そして、自分の浅い経験値の中から相手の心理を読み解こうとするので、「有名になりたいんだな」とか「格好つけたいんだな」、「金持ちになりたいんだ」とかいう、極めてシンプルな動機付けを想像します。それしか、思い付けないからです。
しかし、追求してる当の本人たちからすれば、そんな単純で刹那的な衝動が、恒久的な継続力に及ぶはずもないのを理解しています。一時の願望や欲求で物事を継続して極めるなど不可能だからです。
腹が減ったからと言って、畑から耕す人などいないわけです。
以前、フィギュアスケートの羽生結君がインタビューで、突き詰める理由に「楽しいから」という発言をしていましたが、それが多くの人の継続できる行動理由だと思います。
DQMSLのランキング上位を狙うユーザーたちもまた然りなわけです。僕が、ブログを継続して書いている理由もまた同じです。
DQMSL内で有名なcisさんも、お金をかけてる(もしくは、かけれる)のだけが凄いのではなく、お金をかけて継続してるのが凄いと思います。お金さえあれば俺でもできると思っている人は、継続力というものを誤解しているはず。
ゲームでなくても、何かを少しでも継続して頑張ったことのある人は、なんとなくでもそれを理解しています。
つまり、それを理解していなく、どんな事案であれ形になった人の継続力を批判する人は、一度も努力をしたことのない人だとも思うのです。それは、プロ並みの努力じゃなくても良いのです。ちょっとした、人並み程度の努力でもそれを感じれますが、それすらしたことない人が結構いるというわけです。
そう言う人は、全てが中途半端です。要はそれこそ、自分たちの決めつけそのままに、刹那の感情の中でしか行動していない人だからです。腹が減ったから飯を食う、むかつくから人を罵る、眠たいから寝る、仕事したくないから仕事しない、勉強したくないから勉強しない。
自然的で動物的と言えばそうなんですが、そんな刹那の感情での暮らしには悠久の楽しみや安らぎはないと個人的には思います。
まあ、別に世の中そんな人も多いし、それかそうでないかと言う○×で分類できる話でないとも思います。僕自身、例えば錦織圭や孫正義の継続力の凄さは理解出来ても、その動機付けは想像でしかできず、そのレベルに達していないと見えないことも多いからです。
普段、自分よりも遙に才能と努力を継続している成功者に会うと、僕はその人のモチベーションをストレートに聞いたりします。同じ日本の社会で同じ義務教育を受けてきて、何故そういった違いが出るのかというのをリサーチするのが好きだからです。
その点では、普段の仕事環境やブログもまた、自分のモチベーションを生み出しているというわけでしょうかね。
とまあ、まとまり悪いですが、この辺で。
さて、普段、仕事中や移動中、ニュースを見たり、新聞を読んだり、お風呂入ってる時や寝る前とかに、思いついたことはその場で下書きしたりしています。
スマホはそう言う点で、すごく便利な道具です。アイデアや思考をメモ帳代わりに使えます。そういう、閃きや思考のテンションって、時間が経つと薄れてしまうので、下書きを読み返すことで、もう一度その時の自分に立ち戻ることが出来るからです。
下記は、1ヶ月前に書いていた下書き内容を加筆修正してみました。
↓↓
自分なりに何かを追求している人(前者)とそうでない人(後者)は、前者の人の追求する欲求や動機というのをよく理解できでいない人が多いです。
例えば、勉強やスポーツ、ゲーム、仕事、なんでも良いのですが、「あいつなんでそんなこと必死にやるんだろ」、とやや嘲笑の眼差しを向けたりする人も多いです。
そして、自分の浅い経験値の中から相手の心理を読み解こうとするので、「有名になりたいんだな」とか「格好つけたいんだな」、「金持ちになりたいんだ」とかいう、極めてシンプルな動機付けを想像します。それしか、思い付けないからです。
しかし、追求してる当の本人たちからすれば、そんな単純で刹那的な衝動が、恒久的な継続力に及ぶはずもないのを理解しています。一時の願望や欲求で物事を継続して極めるなど不可能だからです。
腹が減ったからと言って、畑から耕す人などいないわけです。
以前、フィギュアスケートの羽生結君がインタビューで、突き詰める理由に「楽しいから」という発言をしていましたが、それが多くの人の継続できる行動理由だと思います。
DQMSLのランキング上位を狙うユーザーたちもまた然りなわけです。僕が、ブログを継続して書いている理由もまた同じです。
DQMSL内で有名なcisさんも、お金をかけてる(もしくは、かけれる)のだけが凄いのではなく、お金をかけて継続してるのが凄いと思います。お金さえあれば俺でもできると思っている人は、継続力というものを誤解しているはず。
ゲームでなくても、何かを少しでも継続して頑張ったことのある人は、なんとなくでもそれを理解しています。
つまり、それを理解していなく、どんな事案であれ形になった人の継続力を批判する人は、一度も努力をしたことのない人だとも思うのです。それは、プロ並みの努力じゃなくても良いのです。ちょっとした、人並み程度の努力でもそれを感じれますが、それすらしたことない人が結構いるというわけです。
そう言う人は、全てが中途半端です。要はそれこそ、自分たちの決めつけそのままに、刹那の感情の中でしか行動していない人だからです。腹が減ったから飯を食う、むかつくから人を罵る、眠たいから寝る、仕事したくないから仕事しない、勉強したくないから勉強しない。
自然的で動物的と言えばそうなんですが、そんな刹那の感情での暮らしには悠久の楽しみや安らぎはないと個人的には思います。
まあ、別に世の中そんな人も多いし、それかそうでないかと言う○×で分類できる話でないとも思います。僕自身、例えば錦織圭や孫正義の継続力の凄さは理解出来ても、その動機付けは想像でしかできず、そのレベルに達していないと見えないことも多いからです。
普段、自分よりも遙に才能と努力を継続している成功者に会うと、僕はその人のモチベーションをストレートに聞いたりします。同じ日本の社会で同じ義務教育を受けてきて、何故そういった違いが出るのかというのをリサーチするのが好きだからです。
その点では、普段の仕事環境やブログもまた、自分のモチベーションを生み出しているというわけでしょうかね。
とまあ、まとまり悪いですが、この辺で。