言葉を選ぶ時、一番楽しいのが類義語の発見です。昔は類義語辞典を使っていましたが、今はネットでなんでも調べることができて、知識の収集は格段に便利です。

10、20代の作家が多く輩出されてきたのもそれが大きな要因かと思います。ただ、その反面ネットのライトな知識は、小説にとっては玉石混交です。コアな部分で、濃厚さが生み出せないからです。昔の小説家の、一作品を生み出す行程と今の作家とでは、費やす取材時間に大きな違いがでます。

さらに、自分自身のリアルな体験と、知識だけの体験では、伝える内容も変わります。

小説のレベルだけでなく、新聞や他の書籍、漫画など、知識や情報の収集の利便性が90年代後半以降、飛躍的に向上したにも関わらず、作品の質が上がったようには思えません。

料理に例えるならば、時間をかけてとった出汁と、簡単に作れる市販の固形出汁の違いでしょうか。

話しがやや脱線しましたが、僕自身は趣味で類義語を探すのが好きです。この言葉はこんな言い方や言い回しもあるんだと、日常での新たな発見です。

こんなことを書いていると暇人と言われそうですが、暇人の類義語で閑人(かんじん)という言葉があります。こちらの方が高尚な感じがします。

意味
暇のある人。俗用 を離れ、ゆっくりした生活 をしている人。ひまじん。


いずれにせよ、自ら選択肢としてその行為を選ぶのは全て意味があるということです。

暇人=ただ単に暇な人。
閑人=自ら暇にしてる人

何事も行動や行為に信念や理念があれば、それは言葉は元より、他者の評価も天と地の差があるわけですね。

DQMSLのゲームも然り。それをすることに考えがあるかないかで、自他の評価も異なるはずです。