息栖神社を訪ねたのち、次に訪ねた先は鹿島神宮になります。

私は茨城県出身なので、鹿島神宮は小学生のころから学校行事で訪れたりと、何度か参拝に来たことがあります。





鹿島神宮は、神武天皇元年(西暦紀元前660年)の創建と伝えられています。


御祭神 武甕槌大神






武甕槌大神は高天原からの国譲りの使者となって大国主命(おおくにぬしのみこと)に国譲りを承諾させました。


その際に長野の諏訪大社の御祭神、建御名方(タケミナカタ)と闘ったのは有名なエピソードです。



拝殿の画像を撮り忘れました💦

↑この画像だけ過去に参拝した時の画像です😅






『古事記』ではイザナミが火の神カグツチを産み、その時の火傷が原因で命を落としました。


イザナミを亡くしたことでイザナギが怒り、カグツチは首を切り落とされ殺されてしまうのです。


その時に剣についた血が岩に飛び散って生まれたのが武甕槌大神と云われています。






仮殿、本殿を修理などの時に一時的に神様がお遷りする社です。



神使の鹿ラブ



神護景雲二年(西暦七六八年)、藤原氏が氏神である鹿島の大神の御分霊を奈良にお迎えして春日大社を創建するにあたり、御分霊を神鹿の背に乗せ奈良へと進みました。


奈良の春日大社の鹿🦌は鹿島が起源であると云われています。


鹿島の神鹿は長い間大切に保管されており、一時途絶えた時期もあったようです。


昭和32年、奈良と神田神社から神鹿を迎え現在の鹿園が開園されたとのことです。




さざれ石







長い参道です。私が参拝に伺った時は流鏑馬神事か何か終わった後だったのかな…。






こちらは鹿島神宮の要石です。

小さいと思いきや、水戸光圀の命により掘ってはみたけど、堀り切れなかったそうです。



ふと何度か現れた🐈猫、人には全く感心なくキョロキョロ♪爆笑



奥宮です。




御手洗池、列の先には



お水取りの人、手を清める人たちで並ぶ人気のスポットです♪




御手洗池の木も龍神みたいに曲がりくねって、何か宿っていそう♪照れ



武甕槌大神は香取神宮のフツヌシ神と共に古くより朝廷からの崇敬の深い神様で、その神威は、軍神として信仰されたことが背景にあると考えられます。




古代の関東東部には香取海という内海が広がっており、この香取海はヤマト政権による蝦夷進出の輸送基地として機能したと見られていたようです。

両神宮はその拠点とされ、両神宮の分霊は朝廷の威を示す神として東北沿岸部の各地で祀られました。

鹿島神宮の社殿が北を向くことも、蝦夷を意識しての配置といわれています。


面白いのが境内の仮殿前に摂社の高房社があるのですが、祭神が大甕神社と同じ建葉槌尊(タケハツチノミコト)でした。

何だか因縁みたいな物を感じました。

※画像撮り忘れ笑い泣き笑い泣き




GWの参拝記録、東国三社巡りの案内がようやく終わりました〜😅

訪ねて頂きありがとうございました♪🙇