開山堂は、東叡山寛永寺の開山である慈眼大師(じげんだいし)天海(てんかい)大僧正と、天海大僧正が尊崇していた慈恵大師(じえだいし)良源(りょうげん)大僧正をお祀りするお堂で、現在のお堂は平成5(1993)年に再建されたものです。







異形の御姿ですが凄い力があるのです




入って右手に阿弥陀堂






もともとの創建は正保元(1644)年で、前年に亡くなられた天海大僧正を祀る「開山堂(かいさんどう)」でしたが、後に寛永寺本坊内にあった慈恵堂(じえどう)から慈恵大師像を移し、慈恵・慈眼のお二人のお大師をお祀りしたことから一般に“両大師(りょうだいし)”と呼ばれ、庶民に信仰されています。



本堂です。中に入って御朱印の授与、御守りが頂けますニコニコ




【天海僧正】

天海大僧正は、寛永寺を創建するにあたって德川家の祈祷寺としましたが、その造営は風水学の吉相地に築かれた江戸城の守りを更に強固にするため、江戸城の鬼門にあたる上野の山に京都の比叡山に匹敵する構造を備えました。


寛永寺は最盛期には今の上野の上野公園一帯と、芸大のある辺り、根岸、谷中の一部も含む30万坪以の広大な土地を所有していたそうです。

また上野の山を江戸庶民の憩いの場とするべく、吉野の桜を取り寄せて上野の山を桜の名所とし、不忍池には蓮を植えて放生池としました。


広大な敷地を持つ寛永寺でしたが、貴重な文化財が一挙に失われてしまったのが彰義隊と官軍の戦いでこの地が戦場になってしまったことでしょうか…。えーん




【慈恵大師良源大僧正(元三大師)】

慈恵大師良源大僧正(912~985)は、天海大僧正が尊崇した僧侶です。良源大僧正は正月3日に亡くなられたことから「元三(がんざん)大師」とも呼ばれています。


また大変に霊力に優れた僧侶であったことから、良源大僧正のお姿を護符にした「角大師」、「豆(魔滅)大師」や「降魔(鬼)大師」、「木葉大師」など数々の伝説にちなんだ通称があり、延暦寺や各地の天台宗の寺院で、姿も様々な護符が授与され広く信仰されました。



画像はお借りしました


世に疫病が流行り、人々は大変苦しんでいました。この難儀を救うため、良源は大きな鏡に自分の姿を写し、静かに禅定に入ると、鏡のなかにはみるみるうちに骨ばかりの鬼の姿が。その姿を弟子のひとりに描き写させ、絵を版木に刻み、お札に刷って配ると、護符を戸口に貼った家は、疫病は元より、一切の災厄にかからなくなりました。



私の家の角大師の護符は開山堂で頂きました



どのお寺で頂いた角大師の護符でも疫病避けの効力は変わらず、剥がさない限り効力が続く護符と云われています。

以前、住んでいた所では玄関外側に貼っていたのですが、やはり人の目も気になりますので😅新しい住まいに引越してからは玄関入って真向かいの壁に新しく貼りました。

スピリチュアリストの桜井識子さんがピン📌などで護符を刺さないのを推奨していたので両面テープで貼ったけど、これで大丈かな…。



リビングには鬼大師がおります。


こちらの鬼大師の大判のお札は東京・調布にある深大寺で授与して頂きました。

2021年11月に元三大師の体内仏の鬼大師が205年振りに特別ご開帳となり、その記念で江戸時代の版木で刷られた限定品になります。




天台宗の寺院では角大師の護符の他にも角大師の御守りやキーホルダーなど扱っていたりするので興味がある方はチェックして見ては如何でしょうか♪爆笑


※ブロ友さん情報によると、現在はグッズは扱って無いかもとのことです。

私も機会を見てチェックして見ます。


訪ねて頂きありがとうございました♪🙇